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日記

phasonの日記: 異性に振られて飲んだくれる(ただしショウジョウバエ) 3

日記 by phason

"Sexual Deprivation Increase Ethanol Intake in Drosphila"
G. Shohat-Ophir, K.R. Kaun, R. Azanchi, U. Heberlein, Science, 335, 1351-1355 (2012).

生化学の進歩に伴い,多くの依存症などにおいて報酬系が大きな関与をしていることが判明してきている.報酬系は生物の行動の根幹を成しているシステムで,摂食だの交尾活動だの,要は生物の生存にとってプラスとなる行動を促進するための系であり,これらの行動を行うとニューロペプチドが分泌され受容体が活性化,生物は快感を得る(だからそういう生存に必要な行動をとる),というものだ.
さて,この手の報酬系に関する研究を行うのは様々な依存症(薬物,アルコール,過食等)のメカニズムの解明や治療のために必要なのであるが,人間での研究はなかなか難しい.また高等生物になればなるほど1つのニューロペプチドが同時にいくつもの役割を果たしていたりと,その解釈も難しくなる.そのため出来るだけ簡単な生物で研究を行うのが常道手段となる.
そんなわけで今回の研究で使われているのはショウジョウバエ.これは飼育が楽で,ゲノムもよくわかっており,単純で解析しやすいが我々の持つ神経系の基礎は結構揃っていると言うことで多くの研究に用いられている.

実験とその結果は以下のようなものである.
まず,雄の一群を用意する.この雄に対し,既に交尾済みの雌の一群をあてがう.雄は雌に対し求愛行動をとるが,雌は既に交尾済みのためすげなく袖にする.そうすると自棄になった雄が飲んだくれてくだを巻くのだ.

……うん,ちょっと脚色入ってるけど.

実際の実験としては,通常の餌と,エタノール15%混合の餌を用意し,どちらをよく食べるかを観察している.通常状態では(アルコールは毒でもあるので)どちらかと言えばエタノール入りの餌を忌避するのだが,交尾済みの雌と1日1時間×3回,4日にわたり無駄な求愛行動をとらされ続けた雄はエタノール入りの餌を好んで食べるようになった(ついでに,未婚の雌をその後あてがっても求愛行動はとらなくなった),というものである.
……なんでこの人たちそんなセッティング考えたんだろう?

この原因を探るために著者らは様々な比較実験を行っている.振られるのがまずいのか?という点を明らかにするために,雄だけで飼育するという事をやってみたが,この場合もエタノールの摂取量が増えた.しばらく振られた後,今度はちゃんと未婚の雌をあてがうとエタノールの消費量は増えない.そんなわけで,どうやら交尾出来ないストレスが原因のようである.

著者らはさらに,その生化学的なメカニズムを調べることにした.彼らが目を付けたのがニューロペプチドF(NPF)とそれに対を成すレセプター(NPFR)である.NPFは,人間において報酬系(等)を構築するニューロペプチドYの仲間と考えられており,ショウジョウバエにおいて報酬系を構築する.
そこでその活性を調べたところ,交尾出来ない環境下におかれた雄ではこのNPFのレベルが顕著に低下しており,報酬系の活動が低くなっていることがわかった.
報酬系の活動が低下したことで酒に溺れるのなら,無理矢理報酬系を活動させてやったらどうなるのだろう?そこでRNA干渉やら人工的にNPFRを刺激したりといった事をやって調べた結果,NPF-NPFR系を活性化してやればアルコール摂取は低下した.

著者らの推測は,交尾出来ないというストレス下では(欲求が満たされないため)報酬系の働きが低下,それを補うためにエタノールを摂取しているのではないか?というものだ.実はエタノールもこの報酬系を無理矢理駆動することが出来る(要は酔って気分が良くなる).
通常,報酬系は生存に必要な活動により回るようになっている.つまり,報酬系が回っていない状況というのは生存に必要な活動が取れていないことを意味し,生物は何とかこの報酬系を回そうとするわけだ.普通はその欲求により必要な行動がとられるわけだが,この実験中ではとりあえず報酬系を回す手段としてはそこに置いてあるエタノール入りの餌しか無いため,これを好んで摂取するという異常行動に繋がってしまうわけだ.
まあ,なんというか,生体のシステムが組み上げられたときには考慮する必要の無かった異常なパラメータ(周囲の状況)により,アルゴリズムの欠陥がつつかれて誤動作しているようなものだ.

このショウジョウバエのNFP系での結果ががそのまま人間などのNFYのシステムに適用出来るわけではないが,似たようなメカニズムは十分に考えられるし,今回の研究のようなものをベースにすることで実験しやすいショウジョウバエのNFP系で様々な研究を重ね,それを人間のNFY系を含めた依存症研究に繋げていく,という事が期待出来る.

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