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日記

phasonの日記: 溶けて無くなる電子回路 3

日記 by phason

"A Physically Transient Form of Sillicon Electronics"
S.-W. Hwang et al., Science, 337, 1640-1644 (2012).

実際の回路構成やデバイスの作成法や構造なども載っているSupplementary Materialsは
http://www.sciencemag.org/content/337/6102/1640/suppl/DC1

通常我々が様々な電子デバイスを作ろうとするときは,それができるだけ壊れないように,長持ちするように考えて作成する.しかしそれとは逆に,一定期間で消滅して欲しいような用途だって世の中には存在する.例えば体内埋め込み型である一定期間だけ働けば良いデバイスであるとか,自然界にバラ撒いて一定期間データを送信したあとは迅速にそのまま自然に還って欲しい観測デバイスなどだ.今回著者らは,Mg,薄膜シリコン,MgOとシルクを使うことで,分解までの時間を制御したこれら分解性の電子回路を作成し報告している,

デバイスの肝は,全て生体内で分解できる材料で作成している点である.電極や導電路の部分はMgで作成する.これが水にさらされると,じわじわとMg(OH)2へと酸化され溶解する.トランジスタやダイオードと言った素子はSiのナノシート(を適宜ドープしたもの)で作成する.Siナノシートはやはり水分で分解され,SiO2を経由したあと水溶性のケイ酸(Si(OH)4)となりこれまた溶解.絶縁層,誘電体としてはMgOを用いる.これも水で次第に分解し,Mg(OH)2となり溶解する.基板および全体のパッケージング材はシルク薄膜を用いている.シルクの薄膜は水に溶け,徐々に分解されていく(ただし,場合によっては炎症などの激しい応答や強いアレルギーを起こすこともあるので,生体中で使う際には注意は必要).
これらを使ってどんな素子が作れるのかというと,ほとんどのものが作成可能である.実際に著者らがつくって見せているのは,配線を利用したコイル(アンテナ),キャパシタ,ダイオード,抵抗,太陽電池(反射層などの余計な構造を持たせていないので変換効率は低いが,それでも3%程度は出る),フォトダイオード(イメージセンサとして利用可能),Siワイヤの抵抗変化を利用した歪みセンサ,Mgの抵抗の温度変化を使った温度センサ,MOSFETなどである.これらの組み合わせも当然作成できるので,ほぼありとあらゆる回路が作成できるわけだ.なお,典型的なトランジスタ1個を作成するのに要するSiの量は1 μg程度と微量であり,これが溶け出しても生物には事実上何の影響も無い.

実際に回路が分解していく様子を,まずは純水中で確認している.Si薄膜は,体温程度の温度で一日あたりおよそ4.5 nmずつ薄くなっていく.素子としての特性は表面部分に依存するので,溶け始めると機能をすぐ失い,その後厚みに応じて数日から一ヶ月程度で消滅することになる.金属Mgは数時間程度で溶解する.これらの回路をMgOまたはシルクの保護層にパッケージングしたものは,ある程度の時間まで機能をそのまま維持し,パッケージ層の溶解が素子表面まで到達した段階で急速に機能を喪失する.パッケージの溶解時間は,MgOを保護層に利用した場合は数時間程度のオーダー,シルクを用いた場合は数日程度のタイムスケールだ.なお素子が露出するまでの時間に関しては,MgOやシルクの厚みを変えることでかなり精密にコントロールできる.これにより例えば,10時間だけ体内で稼働する電子回路や,10日で機能を失う回路,などといったものが作成可能だ.
著者らは単純な回路(アンテナと抵抗を組み合わせた,電磁波で局所加熱ができる素子)をラットに埋め込んでの実験も行っている.この回路の埋め込みにより,外部から局所的な温熱療法が可能になるのだが,日数が経過するとこの回路自体がほぼ跡形も無く分解され吸収されている.こういった分解性の回路は,不要になったあとに取り出す手術を行う必要が無いので,短期的な利用に便利である.

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  • by Anonymous Coward on 2012年09月29日 21時20分 (#2241360)

    温熱療法はこのデバイスを使わないと実現できない独特なものなのでしょうか?
    もう少し具体的な用途が示されていると素人にもわかりやすいのですけどね。
    電源も外から供給しないといけないし、結構用途が限られそうな気がするのですが。

    • >温熱療法はこのデバイスを使わないと実現できない独特なものなのでしょうか?

      良く行われているのは,小さな電磁波吸収体を埋め込んで,そこに電磁波を当てる事で局所加熱をするようなものです.この場合何度も繰り返し加熱が出来るのですが,不要になったあと取り除こうと思うと再手術になります.
      #余計なものがそのまま残っていると,問題を引き起こす事がある.
      今回のような吸収される回路を使うと,手術が最初の埋め込みの時だけで済みますので,半分になるのが利点でしょうか.
      #癌に強く吸着するようにしたナノ粒子を使う,というような埋め込み不要な手法も(開発途上ですが)あります.

      まあ逆に,最初に設定した時間が過ぎると溶けてしまうので,予定より遙かに治療期間が長くなるとまた埋め込まないといけないという弱点もあるのですが.

      他に考えられる用途としては,治療期間が決まっているような場合でのモニタリングですかね.体内状態(各種物質の濃度等)だとか,治療部位の様子を一定期間モニタリングして,術後の管理に利用するとか.手術時に一緒に埋め込んでおけばそのまま利用出来るので,それ以後は比較的低侵襲的.取り除く際の手間と患者への負担もなくなりますし.

      あとはまあ,そこらの環境中にバラ撒いて使うセンサとかでしょうか.太陽電池とアンテナ作り込んでおいて,1ヶ月ぐらい環境をモニタしたらあとはそのまま溶けて無くなれば変なゴミも残らない,とか.

      親コメント
    • by Anonymous Coward

      (ドン引き)

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「科学者は100%安全だと保証できないものは動かしてはならない」、科学者「えっ」、プログラマ「えっ」

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