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Torisugariの日記: ゲーム理論+議会制民主主義とウェブアプリ 1

日記 by Torisugari

もし、選挙が数学的な意味で完全なる秘密選挙――被選挙人が匿名でかつ、公示期間中は投票者が密室に隔離されるような選挙――ならば、ゲーム理論の活躍する余地はありません。しかし、実際の選挙では、投票前の世論調査があり、かつまた、出口調査の結果を知ることによって、他の有権者の行動を予測することができます。こういう条件下では、現行の選挙方式における最適戦略が存在する可能性があります。

例1 (特定の利益団体)
4人の候補者(A,B,C,D)に対して、2人の当選者が出るような選挙を考えます。

  • 候補者Dはカルト宗教の教祖で、実質有権者(有権者*投票率。以下は投票率を100%と考える)の80%から嫌われていますが、残りの20%からは絶対的な支持を受けています。
  • 候補者Aは優れた人物で、有権者の55%が彼に投票します。
  • 候補者Cは知名度がないので、彼に投票しそうな人は5%ほどです。

以上の条件で、まともに選挙を行った場合、得票数は(A,B,C,D)=(55%, 20%, 5%, 20%)となるので、A氏は当選確実で、B氏とD氏は接戦になります。しかし、この推論は選挙前にも立てることが可能ですから、ゲーム理論の出番です。

ここで、D氏とその宗教がとても嫌いな有権者X氏がいたとします。彼の理想の投票結果は、D氏が落選することです。すると、X氏の最適行動は「B氏に投票すること」となります。この結論の恐ろしさは、X氏がA氏の支持者かもしれない、という点です。ひょっとすると、X氏はA氏の政党の党員かもしれません。X氏がどれだけA氏を支持していたとしても、彼にとっての最適行動は「B氏への投票」なのです。「候補者Dは有権者の80%から嫌われている」という民意は、そこまでしないと実現されないものなのです。

逆に、D氏を支持するY氏にとっての最適行動は、当然「D氏に投票する」です。ただ、D氏は圧倒的な不支持率により、選挙活動が無意味であるのに対して、A氏の得票数が伸びれば伸びるだけD氏は有利になりますから、実は「A氏の応援をしつつ、D氏に投票する」が考えうる中では最適となります。おそらく、A氏とD氏では、選挙公約の中身が正反対でしょうが、それでもA氏を応援するのがD氏の為なのです。

ここに、公正なる不公平さがあります。現状の議会制では、不正を行わないだけでは民意が反映されないのです。公正であることに加えて、全ての有権者が完璧な票読みを実行しつつ最適行動を意識した上で投票を行って、初めて民主的な議会が誕生します。

この背景には、「ある候補者への賛成票」は「他の3人への反対票」であるという数学的な事実について、ほとんどの有権者が十分意識できていない、という問題があります。「A氏に投票するのはB氏を排除することにつながる」というのは、論理的に真なので、誰もが理解しているはずなのに、ついつい、「A氏の公約の方がすばらしいから」などといった理由で、A氏を選んでしまうのです。繰り返しますが、公約を見比べるだけ、というのは怠惰な有権者です。議会制民主主義で求められている理想的な有権者は、公約は当然把握した上で、予備的な世論調査の結果をきちんと情報収集する人です。そこまでしないと、「Aに投票する=Bに投票しない」の是非は判断できないはずですし、また、判断してはいけません。

例2 (修正案アタック)
ある議題について、以下のような状況にあったとします。

  • 法案Aは40%の議員が支持しています。
  • 対案Bは60%の議員が支持しています。

この場合、法案Aを支持する議員Zのとるべき行動は何でしょうか?

もちろん、時と場合によるわけで、さまざまな回答が考えられます。しかし、どんな場合にでも有効な手がひとつあります。それは、対案Bとあまり変わらない修正案B'を提出して、2択問題を3択問題へと強引に変更することです。この戦略はあまりにも卑怯なので、暗黙のうちに禁じ手になっている場合も多々ありますが、実行するとB案支持派は割れるので、A案支持派は確実に有利になります。

案が3つ以上あって投票にかけられるとき、その投票候補は必ず政治的な意味を孕みます。ここで言う政治的とは、票の読みあいを際限なく行った、ゲーム理論的な細工がとても有効な状態のことです。最近では、オリンピックの開催地決定や臓器移植法案などが4案投票で、いずれも、かなり政治的な駆け引きが行われたように思います。

さて、このような状況への処方箋は存在しないのでしょうか?

実は、結構簡単です。全ての問題の根幹には、「Aに投票するとBを排除することにつながる」という隠しパラメーター問題がありました。これを取り除いた投票方式を実現すれば解決です。つまり、○×式です。
[例1]では、投票用紙が

次の候補者のうち、支持する者に○を、しないものに×をつけなさい
A:
B:
C:
D:

というものだった場合、X氏の投票用紙は

A:○
B:○
C:○
D:×

となるでしょう。また、Y氏がいくらA氏の選挙活動を援助したところで、D氏が有利になることはありません。

[例2]において、修正案アタックを仕掛けられたB案支持派は

A:×
B:○
B':○

という投票をすれば、その攻撃をほぼ無効化できます。

票読みが投票行動へ与える影響はゼロにはならないものの、最適行動による恩恵はほぼ封じられるので、投票者にかかる負担は劇的に減ります。全ては、隠し変数が消えて、それぞれの項が独立しているおかげです。

以上の改革を現実の政治で実現するのは、けっこう難しいと思います。少なくとも、ある程度のロビー活動をする力がないと無理でしょう。別に、現状で不具合が多すぎる、というわけでもありませんし、政治的な駆け引きをこそ望む、という場合もあるでしょうしね。おそらく、ゲーム理論的戦略について十分理解している賢い(あるいは小賢しい)有権者は、意外とたくさんいます。いや、せめて私の孫くらいの代では切り替わっていて欲しいと思いますけれど。

ただ、この教訓として、ウェブ開発者が投票フォームを実装する際、ラジオボタンと、チェックボックスで迷ったなら、「チェックボックスにすべき」というのが私の意見です。逆に、ごにょごにょとした結果発表で煙に巻きたいなら、ラジオボタンは一考の余地があります。選択肢を厳選すると、けっこう面白い結果が導けるかもしれません。

次の果物のうち、好きなものをひとつ選んでください。
りんご:
みかん:
なつみかん:
いよかん:
ぽんかん:
はっさく:
ぶんたん:
グレープフルーツ:

ちなみに、○×式というのは、個々に支持・不支持を問うことなので、電話世論調査の支持率と同じです。ですから、母集団を適切に選んでいる場合、全数調査の選挙結果よりも、標本調査の世論調査結果の方が、民意を汲んでいる、と私は判断しています。だからといって、何かの役に立つわけではありませんけどね。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2010年10月17日 16時56分 (#1842101)

    最高裁判所裁判官の国民審査は理想的な投票方式だったのですね。
    …あれ?
    皮肉なことに「民意からかけ離れた大差がつきやすい」とか言われがちな小選挙区制のほうがこの欠点が現れにくいのですね。

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「毎々お世話になっております。仕様書を頂きたく。」「拝承」 -- ある会社の日常

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