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日記

phasonの日記: ウィルスで発電

日記 by phason

"Virus-based piezoelectric energy generation"
B.Y. Lee, et al., Nature Nanotech., in press (2012).

今まで無駄に捨てられていた微小なエネルギーを何とか回収して有効に活用しよう,というエネルギーハーベスティングの研究が盛んである.例えばわずかな温度差から発電する熱電素子,振動をエネルギーに変える圧電素子,流体の流れを電力に変える素子(手法は機械的な物,化学的な物など何通りかある)といった物が挙げられる.これらから得られる電力は当然微弱な物であるが,近年の半導体技術の進歩により非常に低消費電力のプロセッサ(例えばピコワットレベルの消費電力を実現したPhoenixなど)が開発されており,これらと組み合わせることで常時環境中や体内でモニタリングを行うセンサーチップなどが実現出来るわけだ.

今回の研究はこうしたエネルギーハーベスティングの中でも,圧電素子を扱った物だ.圧電素子とは力学的な変形を与えると電位差を生じる(逆に,電圧をかけると力学的な変形が生じる)物質であり,例えば水晶振動子であるとか,STMの駆動部分のピエゾ(かけた電圧に比例して伸び縮みし針先を動かす)が該当する.こういった圧電素子に電極を付け何らかの力,例えば音であるとか外部からの衝撃を加えると,その一部が電流として取り出せることとなる.
さて,こういった圧電素子であるが,製造はなかなか面倒であったりする.セラミック系の材料が多いため薄膜化にそれなりの設備が必要で手間がかかるとか,組成がなかなか均一に出来ないため材料特性のコントロールが難しかったりするわけだ.それに対する一つの回答として著者らが示したのが,量産が可能で特性のコントロールも比較的しやすい,ウィルスベースの圧電素子である.

彼らが用いたのは,M13と呼ばれるファージの一種だ.ファージは細菌に感染するウィルスであるが,このM13は幅6.6nm,長さ880nmという非常に細長い筒状をしている.筒の内部にはRNAが入っているわけだが,今回利用するのはこの殻の部分の特性だ(RNAも入ったまま使うが,特に意味はない).この筒,さらに細かく見ると棒状のタンパク質が螺旋状に積み重なったものである.棒状のタンパク質が,傘の骨のように中心から外へと斜めに突き出し,この棒が生える位置を少しずつずらしながらぐるぐると螺旋状に積み重なっている.
さてこの棒状のタンパク質,構成しているアミノ酸の配列に由来し,中心を向いた側が正に,外側が負に帯電している.この棒が寄り集まって出来た筒を横からぐっと押しつぶすと棒状のタンパク質の配置が歪み,すると正電荷と負電荷の位置関係が変化するため電位差が生じる.これを圧電素子として利用しようというのだ.
著者らは金基板上にファージの単層膜や多層膜を作成,その特性を評価した.なおこのファージ,非常に長い棒状をしていることもあり,自己組織的に非常にきれいな単層膜が作れるようだ.その結果,圧電素子としての特性はおよそ7.8 pm/V(d33方向),これはまあ代表的な圧電素子であるニオブ酸リチウムを著者らが同じセッティングで測った値の半分程度となる.この値自体は別に特筆するような物ではなく,この数十倍だの100倍だのと言った圧電材料が存在している.

この材料の第一のポイントは,なんと言ってもその量産性の高さである.何せウィルスであるから,大腸菌なりなんなりに感染させて増殖させればいくらでも材料が取り出せる.それらを集めて膜状に固めれば圧電素子のできあがりだ.
もう一つのポイントは,遺伝子操作により特性を変えられる,という点である.M13ファージの殻を作っているタンパクの部分をちょっといじり,末端の負電荷の量を増やすことが出来る.そうすると力学的な変形によって生じる電荷の偏りも増加するため,発生する電力が増加する(これは実際に実験で確認している).

微妙な特性(圧電特性や,成膜などのやりやすさ)やらなんやらを遺伝子操作で調整しつつ,望む特性が決まったら培養でどんどん量産する事によって低コストなマイクロ発電素子を量産出来るようになるわけで,面白い研究だ.

なお,原理を示したムービーおよび実際に発電素子を作って発電している様子のムービーがSupplementary Informationとして公開されているので,興味のある方はどうぞ.

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ハッカーとクラッカーの違い。大してないと思います -- あるアレゲ

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