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日記

phasonの日記: グランドキャニオンの誕生に迫る 1

日記 by phason

"Apatite 4He/3He and (U-Th)/He Evidence for an Ancient Grand Canyon"
R.M. Flowers and K.A. Farley, Science, 338, 1616-1619 (2012).

グランドキャニオンは世界でもまれに見る超巨大な浸食地形であり,大きくわけて東側と西側の二つの巨大渓谷から形成されている.その巨大さから多くの人の興味を引きつけてきたグランドキャニオンであるので,古来よりこの渓谷がいつ,どのようにして生まれたのか,という点に関し多くの研究が成されてきた.堆積物の分析などを通した最近までの定説としては,グランドキャニオンはおよそ5-600万年前に削られ始めたのでは無いか,とされていたが,2008年に報告された論文では1700万年前という結果が得られるなど,未だ決着は付いていない.また東西の渓谷は同時期に形成されたのか,それとも別な時期に発生したのか?という点も未解決である.
この議論に決着を付けるべく,著者らは(U-Th)/He年代測定法とさらにそれを高精度化するための4He/3He比を用いた手法を用いた研究を行い,その結果を報告している.

まずはベースとなる(U-Th)/He法に関して説明しておこう.Heはよく知られたように,軽くて他の原子との相互作用も少なく,そのため岩石中にはあまり取り込まれない元素である.その一方で,地殻中にはウランやトリウムといった放射性元素が広く分布しており,これらの放射性崩壊では4Heが発生する.これを利用した年代測定法が(U-Th)/He法である.岩石が冷えて固まる際には,そこにいた4Heのほとんどは逃げてしまうめ凝固した岩石中での4Heの量は少ない.さて,岩石中には放射性元素(主にU,Th)がいくらか含まれているため,時間とともにこれらの崩壊により4Heが供給されていく.岩石が高温である間は,岩石中であっても原子の拡散が容易に起こるため生じた4Heは逃げてしまい,岩石中の4He濃度は上昇しない.ところがある程度の温度以下に岩石が冷えると,4Heの拡散速度が急速に落ちていくため,それ以後に放射性崩壊で発生した4Heは岩石中にトラップされたままとなっていく.つまり,岩石中に蓄えられている4Heの量は,その岩石がある閾値以下の温度に冷えて以降に崩壊したU,Thの量に等しい.よって,岩石中の4Heの量と残存しているU,Thの量を測定すれば,いつ頃その岩石が閾値以下に冷えたのか,という事がわかるわけだ.地中の温度は深く潜るほど上昇するため,この「冷えた年代」はほぼイコールで「岩石が浅いところに出てきた年代」に一致する.また,4Heが抜けなくなる「閾値」は岩石の種類により異なり,(一般的な岩石の中で)一番低い温度まで凍結されないアパタイトを用いれば,その岩石が80 ℃以下に冷えた年代が決定出来る.

今回著者らが用いたのは,これをさらに高精度化した手法だ.この手法は2004年に報告されたものである.さて,前述の通り岩石中のU,Th,4Heを測ることでおおよその年代はわかるのだが,実は誤差も大きい.例えば岩石は放射線により欠陥ができ,それにより4Heの拡散速度は影響を受ける.また粒子のサイズや結晶性によっても値は変わってくる.そこでこれを補正しさらに高精度な測定を可能にする手法として提案されたのが,「陽子線を照射して岩石中に人工的に3Heを作り,その脱離の様子を見ることで補正する」というものだ.岩石に陽子線を照射すると,十分な量の3Heが均一に生成する.その後岩石の温度を少しずつ上げながらHeの抜け具合を測定したり,表面から少しずつレーザーで削りながら岩石中での3Heの分布(均一に作った後で表面から抜けていくので,内部ほど濃い)を調べたりすることで,その岩石自体でのHeの抜け方やその温度依存性が補正出来る,というものだ.この補正と通常の(U-Th)/He法,さらに4Heと3Heの比率といったデータを組み合わせることで,岩石が30 ℃に冷えた年代まで特定出来るようになったのだ.30 ℃に冷えた時期がわかるようになったのは大きい.この温度ならほんの少し地下に潜れば達成出来るので,30 ℃以下に冷えた時期というのはほぼイコールで地表近くに露出した時期,という事になる.これはグランドキャニオンなどの「いつ浸食で削られ始めたのか?(=地表に出てきたのか?)」を知る上で最適な手法と言える.

さてその結果であるが,まずは西グランドキャニオンから見ていこう.こちらはおよそ9000万年前には120 ℃以上あった温度が急速に低下し,およそ7000万年前あたりで30 ℃(今回の手法で決定出来るほぼ最低温度)に到達,その後ほぼ一定となっている.これはつまり,7000万年前にはこの分析に用いた岩石(もちろん多数のサンプルを測定している)は地表に露出した,つまりグランドキャニオンの浸食は7000万年前あたりに始まった事を意味している(注:7000万年前に現在の位置まで削られたわけでは無い.ただの川では無い,渓谷としての最初の浸食がこの時期に起こった,という事である).
一方の東グランドキャニオンでは,ほぼ同時期の8000万年前あたりに120 ℃ぐらいあった温度が,7000万年前に向け70 ℃付近まで徐々に低下していた.これは恐らく西と同様,7000万年前前後に浸食が起こり,岩石が地表に接近(というか,川底が岩石に近い深い位置に接近)したということだろう.一方,東グランドキャニオンが西とやや異なるのは,この後もう一段の浸食が見られる点である.およそ3000万年前前後にもう一段の顕著な温度低下(ほぼイコールで浸食の進行による地表付近への接近)が見受けられ,ここでようやく岩石は30 ℃以下に冷却されている.

元々この地域の地形はおよそ7000万年前に隆起が始まったことが判明しており,かつては「地表の隆起により浸食が始まりグランドキャニオンができた.だからグランドキャニオンの始まりは7000万年ぐらい前だろう」と素朴に考えられていた.それが各種の岩石の調査から「でも渓谷の形成はもっと新しいんじゃない?」というのが定説となり,それがまた元に戻ってきたような形となる.

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