パスワードを忘れた? アカウント作成
558023 journal

yasuokaの日記: 人名用漢字の「龍」 2

日記 by yasuoka
ヴィスタの文字セットのコメントにも書いたが、人名用漢字の「龍」は、左上の第1画が「丨」ではなく「一」(Adobe-Japan1風に言えば、CID=3966ではなくCID=14087)である。『人名用漢字別表』(昭和26年5月25日内閣告示第1号)以来、最新の人名用漢字(平成16年9月27日法務省令第66号)に至るまで、官報に示された字体は、一貫して「一」となっている。一方、JIS X 0208で例示されている「龍」の字体は、左上の第1画が「丨」である。JIS C 6226 (昭和53年1月1日制定)以来、JISは「丨」で一貫している。この違いがどこから来たのか、ちょっと調べてみた。

昭和26年5月14日に国語審議会が発表した『人名漢字に関する建議』の「別紙」は手書きのガリ版刷であり、そこでの「龍」の左上の第1画は「丶」に近いものであった。この「別紙」がそのまま内閣告示の原案(昭和26年5月22日閣甲第119号閣議決定)に流用され、官報の草稿としても用いられた。ところが、3日後の官報に掲載された『人名用漢字別表』では、印刷庁の手持ち活字がそのまま使われ、「龍」の第1画は「一」となっていたのである。

一方、国語審議会は『国語審議会報告書』(秀英出版, 昭和27年6月)を印刷するにあたり、『人名漢字に関する建議』も活字で組み直した。そこでは「龍」の第1画は「丨」となっていた。『当用漢字字体表』(昭和24年4月28日内閣告示第1号)の「襲」の左上の第1画が「丨」であることからしても、妥当な判断である。これを受けて、『人名用漢字当用字体表』(日本加除出版, 昭和31年5月)では「龍」の第1画は「丨」となっていた。『人名用当用漢字と命名関係の先例』(日本加除出版, 昭和39年10月)でも『人名用漢字と戸籍実例』(日本加除出版, 昭和51年11月)でも「丨」の「龍」は踏襲され、戸籍の実務窓口では「丨」の「龍」が用いられるようになっていった。

これに加えて、『大漢和辭典 卷十二』(大修館書店, 昭和34年5月)の「龍」(検字番号48818)の第1画は「丨」である。ただし、諸橋轍次があえて「丨」の「龍」を指示したわけではなさそうだ。諸橋文庫の『康煕字典』(殿版)には、多くの字体に関する書き込みがあるが、「龍」(亥集下, 第72葉)は第1画が「一」のままで字体変更の指示はない。また、戦中の『大漢和辭典 第一卷』(大修館書店, 昭和18年9月)でも、「儱」(検字番号1276)の第3画は「一」である。『大漢和辭典 卷十二』の「龍」の第1画を「丨」にしたのは、石井茂吉のデザインセンスだったと考えられるし、それが石井明朝体のキモでもあったのだろう。

JIS C 6226の原案策定作業においては、『新字源』(角川書店, 昭和43年1月)や『標準コード用漢字表(試案)』(情報処理学会漢字コード委員会, 昭和46年10月)が、基礎資料として用いられた。『新字源』には、検字番号9913に「丨」の「龍」が、検字番号9914に「一」の「龍」がそれぞれ収録されており、検字番号9913に人名用漢字を表す「人」が付されている。『標準コード用漢字表(試案)』には「丨」の「龍」のみが収録されており、やはり人名用漢字を表す「人」が付されている。原案策定をおこなった日本情報処理開発センター漢字符号標準化調査研究委員会が、「丨」の「龍」を人名用漢字だとみなしたのは当然だろう。しかも、JIS C 6226の規格票(日本規格協会, 昭和53年2月)は石井明朝体で組まれたので、「丨」の「龍」がデフォルトだったのである。

ところが『常用漢字表』(昭和56年10月1日内閣告示第1号)では、「一」の「龍」がカッコ書きで添えられた。「襲」や「瀧」は「丨」なので、完全に確信犯である。これに合わせて、『人名用漢字許容字体表』(昭和56年10月1日法務省令第51号附則別表)も、「一」の「龍」を子の名に使える漢字とした。しかし、『人名用総合漢字表』(日本加除出版, 昭和57年1月)も、昭和58年9月1日改正のJIS C 6226も、これを無視し、「丨」の「龍」を踏襲し続けた。ことここに、官報に示された人名用漢字と、日本加除出版やJISが信じる人名用漢字との乖離が起こったわけである。

惜しむらくは、最初の『人名漢字に関する建議』における手書きの「龍」の左上の「丶」が、「丨」を意図していたのか「一」を意図していたのか、今となってはわからない。あるいは、どちらでもなく、本当に「丶」を意図していたとすれば、それはそれで面白かったりするのだが。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2005年09月13日 21時21分 (#798608)
    漢字に関する規格や規定の話は最近ブログなどでよく見かけますが、その中でも特に人名用漢字というのは、「名は体をあらわす」という諺もあるように、その名前をつけられた人の人生にも大きな影響を与えるかもしれない重要なものなんだなと感じてます。1951年の「龍」という一字の追加によってその名前がつけられるようになった「小林龍生」さんの記事でちょっぴりそんなことを感じてしまいました。「龍生」さんのお父様が書いた出生届けの「龍」の字は果たして「一」「丶」「」のどれに近かったのでしょうか、そんな事も考えてしまいました。                 http://www.kobysh.com/tlk/blog/archives/000031.html
typodupeerror

私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike

読み込み中...