yasuokaの日記: 人名用漢字の琉と悠
この法務省というのがバカの集合で、昭和二十三年の戸籍法で「命名に用いる字は常用平易な字に限る。常用平易な字とは当用漢字である」ときめたものだから、この前申したごとく、「正彦」「弘子」程度の名前すら「常用平易でない」と戸籍窓口で拒絶されることになってしまった。これには国民の不満ゴウゴウであったので法務省は、「じゃちょっとだけまけてやろう」と、昭和二十六年に名前にのみ用いてよい漢字九十二字を認めた。これが「人名用漢字」のはじまりである。
人名用漢字の新字旧字:「竜」と「龍」にも書いたとおり、昭和26年5月14日に『人名漢字に関する建議』92字を発表したのは、誰あろう国語審議会だ。当時の法務府じゃない。昭和20年代に人名用漢字を牛耳っていたのは、国語審議会であって法務府ではない。
平成九年に那覇市の人が生れた子の名に琉の字(琉球の琉ですね)を用いて届けたところ、市役所が拒絶したので裁判所に訴えた。裁判所は「市役所は受理せよ」と判決した。命名に関して法務省に命令する判決というのは初めてなんじゃないかと思うが、法務省はそのわずか七日後に「恐れ入りました」と琉の字を人名用漢字に追加したんだそうです。
那覇家庭裁判所が、平成9年(家)第1358号(いわゆる「琉」ちゃん事件)に対して審判を下したのは、平成9年11月18日。これに対し、平成9年法務省令第73号が施行されて、「琉」が人名用漢字に追加されたのは、平成9年12月3日。さすがに15日間あいている。7日後ってのは、いくら何でも速すぎる。
というか、そもそも高島俊男は、「悠」ちゃん事件(東京家庭裁判所 昭和48年(家)第11469号 昭和48年11月30日審判)や、その他の人名用漢字に関する家事審判を、全く調べないでこの文章を書いているのだろうか?
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