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日記

yasuokaの日記: Re: デザイン学者の書くQWERTY配列

日記 by yasuoka

D. A. ノーマン『誰のためのデザイン?』の増補・改訂版(新曜社、2015年4月)が出ているというので、第7章の「タイプライターキーボードの長い開発プロセス」(pp.379-386)を読んでみた。改定前の版よりはマシなものの、QWERTY配列に関するガセネタは相変わらずだった。

初期のタイプライターはキーに連結した長いレバーがあった。レバーは、個々のタイプバーを動かして、通常後ろから紙に接触させてタイプした(タイプされる文字はタイプライターの前から見ることができない)。

アップストライク式タイプライターのことを書いているのだと思うのだが、だとするとタイプバーは、水平に置かれた紙の下面に印字をおこなう。「後ろから」ではなく「下から」なのだが、アップストライク式タイプライターの実物をノーマンは確認していないのだろうか。

この長いタイプアームは、しばしばぶつかって詰まってしまい、手作業で分離しなければならなかった。このジャム(詰まってしまうこと)を避けるためにショールズは、キーとタイプバーを、連続してタイプされることが多い文字同士が隣り合うタイプバーにならないように配置した。

アップストライク式タイプライターでは「ジャム」という現象は、その構造上ほとんど発生しない。私(安岡孝一)自身も、つい最近、菊武学園の『Sholes & Glidden Type Writer』等で、実際「ジャム」らないことを再確認してきたところなのだが、どこでノーマンは「ジャム」ることを確認したのだろうか。

真偽は定かではないが、一人のセールスマンが、連続してタイプされる文字は離しておくという設計原則を破って、typewriterという単語が2列目でタイプできるようにキーボードを再配列したという話がある。

そのガセネタに関しては、「On the Prehistory of QWERTY」(ZINBUN, No.42 (2011年3月), pp.161-174)を含め、さんざん反論してきたはずだ。「真偽は定かではない」のなら、真偽をハッキリさせてから書くべきだ。

この話が正しいかどうか確認する方法はない。さらに、私はピリオドのキーとRのキーとが交換されたと聞いたことがあるだけで、Pのキーについては知らない。

だから、それ、ガセネタだってば。ガセネタなんだから、正しいかどうか確認できるわけがないだろう。そもそもピリオドとRを交換したのは、William McKendree JenneとJefferson Moody Cloughの二人であって、「一人のセールスマン」などではない。「聞いたことがあるだけ」なら、ちゃんとウラを取るべく当時の文献を確認するのが、研究者として当然のサーベイというものだろう。

さて、どちらか一方の味方をする前に、それまでのすべてのタイプライター会社が失敗していたことを思い出してほしい。レミントンは奇妙なキー配列のタイプライターを引っさげて、世に出そうとしていた。セールスマンが気にするのは当然であった。

『タイプライターに魅せられた男たち』にも書いたが、E. Remington & Sons社はセールスを担当していない。E. Remington & Sons社はタイプライターの製造を請け負っただけで、宣伝や販売は全てJames Densmoreの責任だった。そんな「セールスマン」とやらがE. Remington & Sons社に存在したのなら、ぜひ、その証拠を見せてほしい。そもそも「それまでのすべてのタイプライター会社」って、どことどことどこの会社?

2007年5月6日の日記にも書いたが、ノーマンがタイプライターをケースヒストリーとして扱いたいならば、タイプライターの歴史をちゃんと調査して、ウラを取ってから執筆すべきだろう。こんなガセネタばかりを集めてきたような内容で、タイプライターの歴史を語ろうなどとは、手抜きにもホドがある。

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