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> 商標さえクリアすれば、入れない理由はありませんから。 そんなことはない。入れない自由だってある。
「入れない理由はない」=「入れなきゃいけない」 じゃないのか?
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計算機科学者とは、壊れていないものを修理する人々のことである
全自前主義 (スコア:2, すばらしい洞察)
- ポリシに反するものが含まれているかどうかを常に目視で見て回り、
- 少しでも反すると誰かが判断したものがあったら独自化、
- 構成要素全てがアップデートするたびにその更新を反映
うわー、スゲー労力の無駄遣いー。(棒読み)Re:全自前主義 (スコア:0, 興味深い)
Re:全自前主義 (スコア:3, すばらしい洞察)
何者からも制限を受けないdebianを、debianのまま保つことは大変ですが意義は大きいと思います。
Re:全自前主義 (スコア:1, 興味深い)
そうしないのは何故なんでしょうか。
Re:全自前主義 (スコア:0)
Re:全自前主義 (スコア:1)
ブラウザなんて他にもあるんだし。
Re:全自前主義 (スコア:0)
> ブラウザなんて他にもあるんだし。
商標さえクリアすれば、入れない理由はありませんから。
Debianはディストリビュータらしくユーザに選択肢を提供しているだけ。
誰もあなたにFirefoxを使えなんて言ってませんよ。
Re:全自前主義 (スコア:2, すばらしい洞察)
そんなことはない。入れない自由だってある。
> 誰もあなたにFirefoxを使えなんて言ってませんよ。
使う使わないはユーザー側の問題。
Mozilla Corporation側からDebianに採用してくれと頼んだわけではあるまい。
Re:全自前主義 (スコア:2)
「入れない自由」はただの選択肢だろ?
Re:全自前主義 (スコア:1)
じゃないのか?
Debianにとって名前を変えてまでFirefoxが必要な理由を挙げてくれよ。
入れないという選択肢があるのにそれを採用しない理由も。
Re:全自前主義 (スコア:1)
たしかに「入れなきゃいけない」と捉えれば「なぜ MUST なんだ?」という疑問も出るだろう。
しかし、firefox を捨てれば、多くのDebianユーザから firefox を簡単にインストールして使う機会を奪うことになる。Debianのポリシーは守られるかもしれないが、妥協点を探って採用するメリットのほうが大きい。というのが俺の考える「Debianにとって名前を変えてまでFirefoxが必要な理由」だ。「名前を変えてまでFirefoxが必要な理由」があれば、そのまま「入れないという選択肢があるのにそれを採用しない理由」にならないか?
# というか、俺の意見を述べてみたところで何を代弁しているわけではないのだけど。
理念だのポリシーだのをふりかざして騒ぐくらいなら、さっくり捨てちゃえばいいじゃないかという意見の人もいるかもしれなけど、Debianの contribセクションやnon-freeセクションなんかは、まさに妥協の産物だと思うのだ。妥協というと聞こえは悪いけど、安直に捨ててしまうよりもずっと現実的なんじゃないか?