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住基ネット侵入実験講演中止事件、国への賠償請求棄却」記事へのコメント

  • 改めて、住基ネットの実態について国民が理解を深める機会を
    総務省が奪い、不特定多数の「知る権利」を侵害したのだと私は思う。

    発表者が損害賠償請求するという裁判の形が、戦術としては
    ふさわしくなかったかも知れない。
    • 原因はセミナー主の説明不足だったのだから、「国民が理解を深める機会」を奪ったのは、セミナー主だろう。
      この裁判は、責任転嫁しようとして失敗したって事なんじゃないの?
      • 総務省が責任転嫁に成功したという線は?
        • 総務省は「訴えられた」ほうだよ。
          責任を押し付けたがっていたのは、訴えた方なのは明白。
          • 総務省に責任を押しつけられた主催者側が、
            「総務省が自己中に圧力かけておきながらこちらに責任を押しつけてきた」
            と文句を言っている可能性を全く無視できるのはすごいですね。
            • 判決を否定するなら、それなりの材料を出しましょう
              • 可能性を考えることが判決を否定することになるのか?
                あんたの家には秘密警察でもいるんだろうな。
              • 裁判所の判決は正しいというのが、社会の基本的なルールだ。
                裁判所の判断が間違っている可能性はあるが、それは例外的な事例である。
                その例外に当たるという事を示すためには根拠が必要だ。

                従って、「総務省が自己中に圧力かけておきながらこちらに責任を押しつけてきた」可能性を考慮するには根拠が必要なのだ。
                根拠もナシにその可能性を考えても、それはただの妄想に過ぎない。
              • by Anonymous Coward on 2006年10月06日 16時31分 (#1033002)
                > その例外に当たるという事を示すためには根拠が必要だ。

                そうですね。

                > 従って、「総務省が自己中に圧力かけておきながらこちらに責任を押しつけてきた」可能性を考慮するには根拠が必要なのだ。

                そうじゃないでしょ。
                『可能性を考慮する』ってのが何を指してるかにもよるけど、可能性を考えてみるって段階で根拠が必要なもんかよ。
                親コメント
              • >可能性を考えてみるって段階で根拠が必要なもんかよ。

                そうだね。
                (#1032064) みたいに可能性というだけの根拠で妄想を書き散らしたりしない限り、
                根拠を表明する必要はないと思う。

一つのことを行い、またそれをうまくやるプログラムを書け -- Malcolm Douglas McIlroy

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