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塾は禁止?」記事へのコメント

  • 本末転倒 (スコア:3, すばらしい洞察)

    by Anonymous Coward on 2006年12月24日 21時36分 (#1081554)
    学校で勉強せずに塾に行って勉強するという本末転倒な傾向がありませんかねぇ?
    それを懸念している記事の様にみえます。
    • Re:本末転倒 (スコア:3, 興味深い)

      by ksh2ksk4 (11188) on 2006年12月24日 21時56分 (#1081563)
      塾で勉強してりゃ,まだましかもしれませんが.
      最近の子を見ると,コンビニの買い食いついでに寄っているだけのような気がするけど.

      そもそも,塾に通わせる必要があるのかどうか,何のために塾に通わせるのかが
      曖昧になっているのでは?
      「お隣さんの子供も通っているからうちの子も」とか「学校だけじゃ足りないから」的な
      強迫観念があるように思われる.
      親コメント
      • by hohoho (14727) on 2006年12月25日 6時21分 (#1081775)
        2Chだったら、みんな釣られているといっている状態
        何が大切ということと、離れた発言を一つだけ出したヒトの意図は
        まさに今の議論かな?

        オフトピといわれると思ったけど書きました
        親コメント
        • by marudiana (31904) on 2006年12月25日 8時34分 (#1081795)
          ちょっと長くなるけど議事要旨からの引用。

          「放課後子供プラン」について
          ○事務局より資料に基づき「放課後子供プラン」(資料2)の説明
          (白石委員)
          「放課後子供プラン」は地域活性化の大きなチャンス。共働き家庭とそうで
          ない家庭の子供が一緒に遊べる場を作っていく。また、学力がもう一歩の子供
          を一緒に育てる、共育ての場である。そういった壮大なテーマを書き込んでい
          ただいきたい。主役は子供、子供がどうなるべきか、ということで骨太のメッ
          セージを出して欲しい。
          (略)
          (小宮山委員)
          子供の立場になると、自由な時間が足りなくなるのではないか、ということ
          を心配している。
          (略)
          (野依座長)
          塾をやめさせて、放課後子供プランをやらせといけない。塾は出来ない子が
          行くためには必要だが、普通以上の子供は塾禁止にすべきだと思う。

          (葛西委員)
          今は中学の受験が主体となって、学校のシステムがおかしくなったので塾が
          生き残っている。しかし、順番が逆で、塾禁止の前に公教育の再生が先である。

          (野依座長)
          公教育を再生させる代わりに塾禁止とする。それくらいのメッセージを出し
          ていいのではないか。昔できていたことが何故今できないのか。我々は塾に行
          かずにやってきた。大学も誰でも入れるようになっている。難しくない。塾の
          商業政策に乗っているのではないか。

          (葛西委員)
          しかし、日本の数学のレベルは学校ではなくて、塾によって維持されている、
          という面もある。

          (野依委員)
          それは学校がやるべきこと。もちろん学校は再生させなければならないが、
          その代わりに塾をやめさせる。そして、遊びだけではなく、文化・文芸を勉強
          する。

          (事務局)
          公教育が再生されれば、自然と塾は競争力を失っていく。再生されれば結果
          的になくなる。再生が先にある。


          まさに「漏まいら釣られすぎ」ですね。
          親コメント
          • これを見ると、あちこち気になる野依発言が。

            大学も誰でも入れるようになっている。難しくない。塾の
            商業政策に乗っているのではないか。

            つまり、中学・高校は大学へ入るための準備機関と自ら認めているように見えるなぁ。
            本来この委員会で議論されるべき事は大学全入時代になって学生全体の知的水準が下がったのをいかに引き上げるか、その教育制度を議論することであって、受験勉強をどこで行うべきかという話ではないはず。

            まあ、これより前の文脈でこういう議論になっているのかもしれませんが、議論の途中で論点がすりかわっている様な。


            そして、遊びだけではなく、文化・文芸を勉強
            する。

            これは、「文化・文芸の教授」というタスクをさらに学校におぶせようという話なのかなぁ。はっきりいって、高校を含めた義務教育は、あくまで「基礎知識の教授」というタスクのみに特化して再設計すべきで、やれ生活指導だの社会性の養育だのは、単なるオプション(各学校の売り)としておいておくのでいいとおもうのですが。
            親コメント
    • Re:本末転倒 (スコア:3, すばらしい洞察)

      by Anonymous Coward on 2006年12月24日 22時00分 (#1081567)
      気持ちは分かる気もするけど、議論としてはむちゃくちゃ。
      「みんな平等に」が高じて「みんなができた」事になってる陰でできてない子が量産されてる。
      できる子は飛び級でもなんでもさせてどんどん上へ上げればいいし
      一方でできない子は基礎を身につけるまで反復させる。
      そんな多様性を公教育が持たないことが問題でしょう。
      始めに理念だけで現実性のない平等教育、それによって出来た歪みの修正手段としての塾の否定。
      最初の過ちを二つめの過ちで正すことは出来ないと思う。
      親コメント
      • Re:本末転倒 (スコア:2, 興味深い)

        by kokeko (31517) on 2006年12月25日 5時30分 (#1081774) 日記
        学校を小学校から全部単位制にしてしまえばいいと思うんすけどね。
        知恵遅れでもないのに、中学になっても九九がわからない子と
        受験のために高校の範囲まで勉強してる子を同じクラスで
        育てるというのがそもそも無理があるし。

        塾自体は別にあってもいいと思うけどな。江戸時代の感覚でいけば
        学校自体が塾みたいなもんだし。
        --
        #ACは価値ある発言してください
        親コメント
        • by gentoo (3275) on 2006年12月25日 9時21分 (#1081807) ホームページ
          単位制?できるようになるまで上げないの?

          どのくらいで「できた」と判断するかによりますけど,高等教育でも
          出口が広いといわれているのに,初等教育で成立しますかねぇ?

          滞留させて公教育から脱落していくほうが問題になるんじゃないですか。

          親コメント
          • by kokeko (31517) on 2006年12月26日 9時48分 (#1082489) 日記
            単位数の導入方法についてはいろいろ考えられますけど
            たとえば、全部を必修にしなくても理科なら理科の単位ばっかり多めにとれば
            先に進めるようにしておけば、専門性の高い人材ができたりする可能性も
            あるんじゃないでしょうか?

            底辺の高校では高校入学後に、九九とかアルファベットの書き取りとか
            やってるぐらいなので、そこまで落ちこぼれない方法は必要だと思います。
            --
            #ACは価値ある発言してください
            親コメント
      • by Anonymous Coward
        いやだから、氏は「塾は『できない子』が通うところだ」と言ってますが。
        一部だけ読み取って過敏に反応するのはどうなんだ?
        • Re:本末転倒 (スコア:2, すばらしい洞察)

          by kitsune.info (18329) on 2006年12月25日 2時02分 (#1081724) ホームページ

          いやだから、氏は「塾は『できない子』が通うところだ」と言ってますが。

          それはそれで違和感があるんだよなあ。
          公教育が「できない子を指導する能力はありません」と言ってしまってはだめだと思います。

          また、「できる子を伸ばす」のと「できない子をフォローする」のは別のスキルを求められる仕事です。
          そりゃ、習熟度がバラバラな児童生徒をひとまとめにして共通の課題を与える前提では、どっちも中途半端になってしまうのがオチです。
          教員にだって得手不得手があるのだから、習熟度別のクラス編制にして人事も適材適所で行えるよう、学校ごとの裁量権を確立するのも一手でしょう。

          他のツリーで「結果の平等と機会の平等は別」というコメントがありましたが、みんな育ち方が違うんだから入学時点ですでに不平等なんです。
          でも、「在学中にそこそこ追いつけるだろう」という期待はできますし、その努力を公教育が放棄してはいけないと思います。

          --
          [わかってもらうことは難しい。わかってあげることは、もっと難しい。]
          親コメント
          • by Anonymous Coward
            何でも学校で処理できればそれに越したことはないが、現実的にそうそうできるもんじゃない。
            現状の、高い教育が欲しければ金を出せ、金が惜しくば塾に行かせず放っておけ、ってのを逆に、
            成績が下がれば金を出して塾に行かせろ、金が惜しくば子供に勉強させろ、に変えたいってわけでしょ?
            問題を大きく考えすぎじゃないのかなぁ

        • Re:本末転倒 (スコア:1, 興味深い)

          by Anonymous Coward on 2006年12月25日 11時28分 (#1081886)
          #1081567のACです。
          >いやだから、氏は「塾は『できない子』が通うところだ」と言ってますが。
          >一部だけ読み取って過敏に反応するのはどうなんだ?
          別に出来る子が行く塾があってもいいと思ってるんです。
          初等ないし義務教育、日本国民として習得しなければいけない知識・技能であるとして、すいすいと習得した子は飛び級でどんどん上げればいい。
          6・3・3の時間に縛られて身動きできず、何もしないわけにもいかないからと塾へ行く時間も行かせるコストも上級教育機関で真っ当に消費されます。
          そこで時間とカネは今よりは余るわけで、それを何に使うかは自由ですが、状況に対応しておそらくはより専門性の高い内容に変容してるであろう塾に行くもありでしょう。
          ここで塾を否定しても仕方ないかと。 むしろ出来ない子を学校ではなく塾にフォローさせるという方が、切りがないと言われるとその通りですが、うるさく言えば公教育の義務放棄でしょう。
          #1081795の要旨も読みましたが、そのあたりは野依先生の発言がややとっちからってる感じもします。 時に周囲から悪太郎呼ばわりされるほどユニークな方だと聞いていたのですが、私には面目躍如でもあり若干興奮されていたのかな、とも思わされる内容でした。
          最後の事務局発言が一番真っ当でしょう。この要旨もまた官僚の手になることをひとまず忘れれば。
          親コメント
      • by Anonymous Coward
        そもそもできない子は塾行ってもいいっていう話だったと思うんだが。
        これは何に対してのコメントなんだ?
      • by Anonymous Coward
        >「それによって出来た歪みの修正手段としての塾」の否定
        >それによって出来た歪みの修正手段としての「塾の否定」

        どちらにしても、
        大本の問題を考えられず、目先の対症療法しか思いつかないんじゃ、
        ノーベル賞もらったところで、この人も終わってるね。
    • 会議は踊る (スコア:3, すばらしい洞察)

      by unchikun (14429) on 2006年12月24日 22時50分 (#1081606)
      どっかのテレビでやっていたが、指導要領で「電子」という言葉の使用が
      制限されているため、小学生に電流のことを教えるのに難儀しているのだ
      とか。
      学校で勉強しないんじゃなくて、教育できない事態になっている現実もあ
      るんじゃないかな。(ま、それは文科省の政策の結果なんだけどね。)

      それを「電子」という言葉を使って、簡単に説明し、児童にも理解し易い
      塾の存在のなんとありがたい事か!!

      それに、進学塾ってのは不足している学力を補填するためにあるのだから、
      「できない子が行く」塾そのものでしょう。(笑)
      野依センセの考える「できない子が行く」塾ってのは、ぶっちゃけ学童保育
      みたいなものになりそう。

      学力の底上げを行って国力を付けるって発想もわからんでもないけど、実際
      のところ世帯収入によって教育(塾、教材)に投資できる額が決まる時代に、
      なんとのんきな会議なのだろうか?

      一億総中流の世界に戻すか、伸ばせる子をどんどん伸ばして、出る杭を打た
      ない代わりに格差を作る社会を押し進めるか、「教育」という狭い観点で
      論じるレベルじゃないという共通認識みたいなものは感じられるが、時間
      は待ってはくれないんだよ。
      親コメント
      • >指導要領で「電子」という言葉の使用が制限されているため、小学生に電流のことを教えるのに難儀しているのだとか。

        数学でも似たような事があったような...後で聞きに行っても教えてくれなかったし。少なくとも体系的にカリキュラムを組めないように強制する現在の指導要項は害が大きすぎると思う。
        親コメント
        • by USH (8040) on 2006年12月25日 3時45分 (#1081764) 日記
          最近の未履修問題で驚いたのが、「世界史」が必修となっていたこと。
          自分が行っていたのが中高一貫校なので、カリキュラムにどのように反映されていたのか不明なのですが、
          高校で日本史・世界史をとった記憶がほとんどない。
          すくなくとも教科書にかかれていた歴史は無味乾燥で、もっとも嫌いな科目。

          一方、大学に入ったころから、歴史小説やドキュメンタリなどが結構好きになり、今では、まあ恥ずかしくない程度に歴史の知識はあるつもり。

          つまり、歴史なんて、歳をとればそれなりに興味を持つし、年取って社会経験つんでこそわかる歴史の機微もある。それを画一的に(しかも学会で認められている、人間性をすべて捨て去った)事実の羅列を教えられてもつまらんだけで身につかないのとちゃいますかねぇ。

          きっと、「これからの国際化時代には世界史の知識は必須」とかで必修科目になったんでしょうが、
          あんな無味乾燥な内容教えてても、世界とどう渡り合えというんでしょうねぇ。そもそも、その世界史のカリキュラムを決めたりしている人たちは、どれくらいその知識で世界と渡り合っているんでしょうか?
          親コメント
          • by LADY_ON_THE_LOOF (30195) on 2006年12月25日 8時26分 (#1081794) 日記
            世界と渡り合ってるなら、こんなことは言い出さないんじゃない?

            アメリカ人が日本人に向かって、米国史の質問しますか?
            そんなものは基礎だけでいい。
            外国人が日本人に聞きたいのは日本のことが中心になるのは理の当然。
            仮にアメリカ人よりアメリカ史に詳しいところ見せても、そんなの嫌味なだけです。

            国際化を考えるなら日本史と、そこに関連する部分の世界史を中心にやるべき。
            世界史の事件の年表を暗誦しても会話は成り立たないでしょうね。
            --
            ----- 傷の治療は傷より痛い -----
            親コメント
            • Re:会議は踊る (スコア:1, すばらしい洞察)

              by Anonymous Coward on 2006年12月25日 10時38分 (#1081846)
              聞いては来ないでしょうが、「これぐらいの常識知っとけ」という空気はありますよね。
              グローバリゼーション(=全世界欧米化)が進む状況では、最低限「現在の枠組みが構成された経緯」と「センシティヴでアンタッチャブルな地域ごとの事情」の沿革を抑えておかないと、当人が恥をかくだけでなく他の自国民にも迷惑をかけますから。

              #ひけらかすためじゃなくて基礎知識として持っとけ、と
              親コメント
              • by USH (8040) on 2006年12月25日 11時49分 (#1081904) 日記

                グローバリゼーション(=全世界欧米化)が進む状況では、最低限「現在の枠組みが構成された経緯」と「センシティヴでアンタッチャブルな地域ごとの事情」の沿革を抑えておかないと、当人が恥をかくだけでなく他の自国民にも迷惑をかけますから。

                問題は、そういうセンシティブなことになっていることを理解できるようにカリキュラムが組まれているか、ということですよね。中東がなぜこういう状況になっているのか、世界の宗教地図はどういう変遷をたどって現在に至っているのか、東アジアの近代史において、各国がどういう役回りを演じたのか。いろんな解きほぐそうとしてもほぐれない、絡まりあったままの渾然一体としたものが歴史であり、いわゆる歴史の暗部や学会で認められていない諸説を含めて学ばないと、そういう「センシティブ」な状況に対処できないと思うのですが。

                で、すくなくともいまの世界史の教科書は、そういうセンセィティブなことを学ぶための基礎を提供しているようには思えない。

                #まあ、20年以上前の経験でしかないので、今のカリキュラムがどう改善(あるいは改悪)されているのか知りませんが。

                親コメント
            • by mocchino (13752) on 2006年12月25日 11時24分 (#1081884)
              日本の歴史について質問される事の方が、確実に有るでしょうね
              答えられないと「自国の歴史なのに答えられないのか?」と馬鹿にされると...

              どこで見た話だったかなぁ~、アメリカで無くてヨーロッパだった気がする
              親コメント
              • by Anonymous Coward
                欧米に馬鹿にされるからってのもなぁ。そういうのは、あちらの価値観じゃないか?という気もするし。
                そもそも、日本においては「あちらで言う国=藩」くらいの捉えかたのほうが合ってるんじゃなかろうか?
              • by mocchino (13752) on 2006年12月28日 11時54分 (#1083813)
                いや、ビジネス相手とかの場合は相手の評価基準が下がる一因になるわけで
                友好的な関係の障害にはなるでしょう

                個人的に遊びに行ってるだけなら問題はあまりないでしょうけど
                他国の歴史を知ってるのも良いですが、自国の歴史を知った上での事かと
                神話までさかのぼる位の歴史の有る国にいるわけですから
                親コメント
      • Re:会議は踊る (スコア:1, すばらしい洞察)

        by Anonymous Coward on 2006年12月25日 3時05分 (#1081746)
        受験は会議室で起こってるんじゃない! 教育現場で起こってるんだ!

        #こんなセリフが浮かんでしまう。orz
        親コメント
      • by Anonymous Coward
        地方の場合金があっても環境がなかったりしますからね。
        都会に住んでいるだけで受験では大きなアドバンテージです。
    • 内申重視 (スコア:3, すばらしい洞察)

      by harrity (11612) on 2006年12月25日 1時05分 (#1081706)

      受験で入試点数重視→内申点重視にシフトしてきた頃から、学校って「勉強する場所」から「評価を受ける場所」になってきたんじゃないですかね。

      学校でデキるように見せるために、塾で勉強する、と。

      年がばれそうだけどID

      親コメント
    • Re:本末転倒 (スコア:1, 参考になる)

      by Anonymous Coward on 2006年12月24日 23時11分 (#1081624)
      かと言って、塾を禁止して、家庭教師を雇うことができるもしくは親が教育関係の子ども以外みんなの学力、やる気を下げるのも本末転倒な予感…。

      ゆとり教育とかもそうだったんだけど、結局、公教育(学校)において、何を教えたいのか、身に付けさせたいのかというものが、いろんな意味でぶれている上に、事実上の最終目標となっている受験ともあまりにもテクニカルな面で乖離が発生していると感じていました。

      みんな色々なエピソードを持っているだろうけど、例えば、自分が通った公立高校(県の5本の指に入る進学校)ですら、日本史の定期試験に「先生の名前を漢字フルネームで書きなさい」とか、政治経済の定期試験に「OPEC」など10個くらいの略語を出してきて、それのフルスペルをアルファベットで書きなさいとかアホな問題を平気で出してくる教師が大手を振っていたわけで(政治経済の方なんて学年主任!!)、そんなのの授業を聞いて時間をムダにするくらいなら~とか考えたことのある人も多いんじゃないかなぁ。
      ちなみに通った公立中学は、授業中に教壇に仕込んだ爆竹がなったりするようなとこで、それ以前の問題でしたが。

      個人的には、中学のときは塾、高校のときはZ会に、受験に対するテクニカルな部分以外にも、いろいろな面を救われたと感じているので、禁止するんだったら学校の方だろ?と思っちゃいます。

      # 10年以上前の地方の公立でこれなんだから、今の都会の公立とかはもっと悲惨なんだろうなぁ。。。
      親コメント
      • Re:本末転倒 (スコア:2, すばらしい洞察)

        by barrel (25979) on 2006年12月25日 0時54分 (#1081697)
        小中学校が玉石混交で動物園になっていることは否めないと思います。
        大人に能力差があることは誰しも否定しませんが、
        こと子供の能力差となるとなぜか平等主義がはびこってくる。

        将来中学を出てそのまま働く人もいれば、大学を出て外国に行ったり研究者になる人もいる
        そんな差のある子供たちを同じ土俵で扱っているのが現状の公教育です。
        少しでも教育に理解のある親だったら、自分の子供が
        9年間も芋洗い状態で育てられることに危機感を感じるでしょう。
        20年そこらで成長する子供にとって、9年間を無為に過ごすことは致命的です。
        そういった親たちの不安に答えたのが進学塾であり、通信教育でしょう。

        根本的な原因は、能力差に応じた教育を行わない公教育のシステムにあると思います。
        それをせずしてただ塾だけ禁止してどうするつもりなのでしょうか。
        落ちこぼれにあわせて上を摘むのでしょうか、それとも上にあわせておちこぼれを切り捨てるのでしょうか。
        親コメント
        • by vn (10720) on 2006年12月25日 1時31分 (#1081719) 日記
          能力別に子供を分けて授業すべきだというのは、分かりやすい議論だから
          長い長い歴史があるけれども、実践はそれほど多くない。
          というのも、能力別というのは大抵は科目別に能力別編成しなきゃならないので、
          科目ごとの先生をたくさん抱えていないと実現できない。

          だから、先生の数を大幅に増やす場合に実現可能な選択肢のひとつ、と考える方が
          良いのかも知れない。たとえば40人学級をやめて15人学級にできるほど人件費増を
          容認できるとき、能力別授業というのは必ずしも最良の方法ではないと思う。
          親コメント
          • by nim (10479) on 2006年12月25日 10時56分 (#1081862)
            まさにそれは一つの学校内で実現させようとするが故の問題ですね。
            実際に東京で起きていることは、小学校の越境入学制度や高校選択制、
            私立校の割拠によって、学力によって学校を選ぶことにより事実上
            能力別に初中等教育が行われていくという動きです。親によっては、
            公立学校の水準が住居選択時の大きな要因の一つになりますし、
            そのために転居する人もいます。

            この際に問題となる点の一つは、上記のように「自ら学校を選ぶ」ためには経済的な
            余裕が欠かせないため、世代間で格差を固定する装置の一翼を担ってしまうことです。

            ですから、能力別教育を実現するために、公共交通機関も利用して通学30分以内
            の公立学校をグループにまとめ、その中でレベルに応じて行く学校を変える方式は
            ありえると思います。

            しかし、これにはそもそも小学校で電車通学(スクールバスかも)させることの是非や、
            そもそもそれを実現するのに十分な学校密度のない地方との格差を言い立てる声も
            あるでしょうから、実現する可能性は低いとは思いますが。
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            • もし実現した場合、「お前は学力不足だから最寄りの公立小学校には入れてやらない。
              電車賃を払って、遠くにあるレベルの低い小学校に通ってくれ。」と言い渡すケースが
              普通に出てくるような制度ですね。そういう場合の電車賃を保護者に負担させるのは、
              あまりにも酷い話です。税金で補填するとしても、「能力別教育は意外とコストがかさむ」
              ことになります。(その方式ですら、政治的実現コストは事実上∞。)

              私が思うに、公立学校できちんと少人数教育をやれば、能力別教育に匹敵する効果を
              ひとりひとりの生徒について挙げることは十分可能でしょう。公的教育にそこまでの
              コストを掛けたくない、あるいは掛けられないと思っている人達が、一見コスト増加が
              目立たない能力別教育という案を支持しているのではないかと思います。それは実現で
              きない幻想でしょう。
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        • by Anonymous Coward
          玉石混交なのは同意だけど、子供だって馬鹿じゃないので先に進みたいのなら
          授業を邪魔し無い様に、勝手に先に進むくらいやりますけどね。それくらいの
          知恵や工夫が無いのであればそれまででしょうが。

          別に問題ありませんでしたよ、そういう子供でしたけど。
          なので9年を無為に過ごすとしたら工夫もしくは想像力が足りないだけの話。
          ま、理想は個別教育だが既出のとおりコストなどの制約が多いからね。
          でも、現実で個人が出来る範囲というのはやろうと思えばそんなに狭くはない。
          受身じゃ無理だけどね。(←これ決定的要因)
      • Re:本末転倒 (スコア:2, 興味深い)

        by Anonymous Coward on 2006年12月25日 1時50分 (#1081722)
        自分のところも県下で5,6本の指にはいるくらいの県立校でしたが、進学対策はやたら充実していました。

        通称"0時間目"と呼ばれる朝講習が1年目から始まり、3年目になると7,8,9時間目まで。夏冬休みもほとんど毎日補修。2年までに教科書の内容を終えて、残り一年受験対策といった感じで、塾に行っているヒマなんてありませんでした。というか、ど田舎なのでほとんど予備校や塾もなく、地域で唯一の進学校なので、受験のテクニックから何から学校が全部面倒を見ているという感じでした。

        教師の国公立志向が強く、東京の下手な私立に行くくらいなら地方国立を薦められました。国公立進学率は約半分。東大合格者は年1,2名出る程度。県内トップクラスを目指そうと、先生方が頑張ってましたね。

        まあ、先日の必修逃れ問題では早々と名前が挙がってきていましたがorz
        オレの時はちゃんと全部やったんだけどなあ。

        逆に、県内トップクラスの進学校(やはり県立)になると、そこまで学校で面倒見てませんでしたね。一応、10万人規模の都市になるので塾なり予備校に行けと。

        地元では私立高校は滑り止め。私立中学なんて、見たことも聞いたこともなかったですw
        東京出身の会社の同僚とかは、私立高校中学はザラで、小学校から受験したなんてのも珍しくない。こういうのをみると、地方は不利なのかなあ、とも思います。

        でも逆に考えると、金を払わなくても公立校でそこそこケアしてくれる地方はお得?
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        • by yunnta (16032) on 2006年12月25日 7時46分 (#1081783) 日記
          なんか、私が出た東北の某高校と同じな時間割だ。
          (7:30くらいに0時限が始まり、8時限9時限が存在するとか・・・
          全部終わると17時~18時ごろだった記憶が)

          先生方のケアも厚くて、勉強用のプリントやらなんやら大量に渡された記憶がある。
          全部処理するのが大変で、とても塾に行く暇など無かった記憶がありました。
          夏休みのめちゃ暑いときも、クーラーなんて無い校舎で必死にやってた記憶が・・・

          #私の次の学年から共学化になって、私たちの学年と次の学年の雰囲気が
          #まるで違ったという哀しい思い出があったり。
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        • by bero (5057) on 2006年12月25日 15時39分 (#1082071) 日記
          私の地元も
          > 地元では私立高校は滑り止め。私立中学なんて、見たことも聞いたこともなかったですw
          なんて状況は同じでした。ン十年前の話ですが、ン年前の弟の時も同様だったようです。(今ぐぐったら宗教系大学付属女子中学がありましたが。)

          「昔できたことがなぜ今できないのか。」と問うより「地方で現にできていることがなぜここでできないのか。」と問うた方が問題点が明らかになるんじゃないでしょうか。
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    • by Anonymous Coward
      単純に学校の授業のレベルが低いからです。
      指導方法も難易度も。
      授業受ける時間なんて、寝てるか自習してる方がマシ。

      #でも、学校の教員に高レベルのものを望むのは酷だと思ってる

※ただしPHPを除く -- あるAdmin

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