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いやだから、氏は「塾は『できない子』が通うところだ」と言ってますが。
それはそれで違和感があるんだよなあ。 公教育が「できない子を指導する能力はありません」と言ってしまってはだめだと思います。
また、「できる子を伸ばす」のと「できない子をフォローする」のは別のスキルを求められる仕事です。 そりゃ、習熟度がバラバラな児童生徒をひとまとめにして共通の課題を与える前提では、どっちも中途半端になってしまうのがオチです。 教員にだって得手不得手があるのだから、習熟度別のクラス編制にして人事も適材適所で行えるよう、学校ごとの裁量権を確立するのも一手でしょう。
他のツリーで「結果の平等と機会の平等は別」というコメントがありましたが、みんな育ち方が違うんだから入学時点ですでに不平等なんです。 でも、「在学中にそこそこ追いつけるだろう」という期待はできますし、その努力を公教育が放棄してはいけないと思います。
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犯人はmoriwaka -- Anonymous Coward
本末転倒 (スコア:3, すばらしい洞察)
それを懸念している記事の様にみえます。
Re:本末転倒 (スコア:3, すばらしい洞察)
「みんな平等に」が高じて「みんなができた」事になってる陰でできてない子が量産されてる。
できる子は飛び級でもなんでもさせてどんどん上へ上げればいいし
一方でできない子は基礎を身につけるまで反復させる。
そんな多様性を公教育が持たないことが問題でしょう。
始めに理念だけで現実性のない平等教育、それによって出来た歪みの修正手段としての塾の否定。
最初の過ちを二つめの過ちで正すことは出来ないと思う。
Re:本末転倒 (スコア:0)
一部だけ読み取って過敏に反応するのはどうなんだ?
Re:本末転倒 (スコア:2, すばらしい洞察)
それはそれで違和感があるんだよなあ。
公教育が「できない子を指導する能力はありません」と言ってしまってはだめだと思います。
また、「できる子を伸ばす」のと「できない子をフォローする」のは別のスキルを求められる仕事です。
そりゃ、習熟度がバラバラな児童生徒をひとまとめにして共通の課題を与える前提では、どっちも中途半端になってしまうのがオチです。
教員にだって得手不得手があるのだから、習熟度別のクラス編制にして人事も適材適所で行えるよう、学校ごとの裁量権を確立するのも一手でしょう。
他のツリーで「結果の平等と機会の平等は別」というコメントがありましたが、みんな育ち方が違うんだから入学時点ですでに不平等なんです。
でも、「在学中にそこそこ追いつけるだろう」という期待はできますし、その努力を公教育が放棄してはいけないと思います。
[わかってもらうことは難しい。わかってあげることは、もっと難しい。]
Re:本末転倒 (スコア:0)
現状の、高い教育が欲しければ金を出せ、金が惜しくば塾に行かせず放っておけ、ってのを逆に、
成績が下がれば金を出して塾に行かせろ、金が惜しくば子供に勉強させろ、に変えたいってわけでしょ?
問題を大きく考えすぎじゃないのかなぁ