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塾は禁止?」記事へのコメント

  • 本末転倒 (スコア:3, すばらしい洞察)

    by Anonymous Coward
    学校で勉強せずに塾に行って勉強するという本末転倒な傾向がありませんかねぇ?
    それを懸念している記事の様にみえます。
    • 塾で勉強してりゃ,まだましかもしれませんが.
      最近の子を見ると,コンビニの買い食いついでに寄っているだけのような気がするけど.

      そもそも,塾に通わせる必要があるのかどうか,何のために塾に通わせるのかが
      曖昧になっているのでは?
      「お隣さんの子供も通っているからうちの子も」とか「学校だけじゃ足りないから」的な
      強迫観念があるように思われる.
      • 2Chだったら、みんな釣られているといっている状態
        何が大切ということと、離れた発言を一つだけ出したヒトの意図は
        まさに今の議論かな?

        オフトピといわれると思ったけど書きました
        • by marudiana (31904) on 2006年12月25日 8時34分 (#1081795)
          ちょっと長くなるけど議事要旨からの引用。

          「放課後子供プラン」について
          ○事務局より資料に基づき「放課後子供プラン」(資料2)の説明
          (白石委員)
          「放課後子供プラン」は地域活性化の大きなチャンス。共働き家庭とそうで
          ない家庭の子供が一緒に遊べる場を作っていく。また、学力がもう一歩の子供
          を一緒に育てる、共育ての場である。そういった壮大なテーマを書き込んでい
          ただいきたい。主役は子供、子供がどうなるべきか、ということで骨太のメッ
          セージを出して欲しい。
          (略)
          (小宮山委員)
          子供の立場になると、自由な時間が足りなくなるのではないか、ということ
          を心配している。
          (略)
          (野依座長)
          塾をやめさせて、放課後子供プランをやらせといけない。塾は出来ない子が
          行くためには必要だが、普通以上の子供は塾禁止にすべきだと思う。

          (葛西委員)
          今は中学の受験が主体となって、学校のシステムがおかしくなったので塾が
          生き残っている。しかし、順番が逆で、塾禁止の前に公教育の再生が先である。

          (野依座長)
          公教育を再生させる代わりに塾禁止とする。それくらいのメッセージを出し
          ていいのではないか。昔できていたことが何故今できないのか。我々は塾に行
          かずにやってきた。大学も誰でも入れるようになっている。難しくない。塾の
          商業政策に乗っているのではないか。

          (葛西委員)
          しかし、日本の数学のレベルは学校ではなくて、塾によって維持されている、
          という面もある。

          (野依委員)
          それは学校がやるべきこと。もちろん学校は再生させなければならないが、
          その代わりに塾をやめさせる。そして、遊びだけではなく、文化・文芸を勉強
          する。

          (事務局)
          公教育が再生されれば、自然と塾は競争力を失っていく。再生されれば結果
          的になくなる。再生が先にある。


          まさに「漏まいら釣られすぎ」ですね。
          親コメント
          • これを見ると、あちこち気になる野依発言が。

            大学も誰でも入れるようになっている。難しくない。塾の
            商業政策に乗っているのではないか。

            つまり、中学・高校は大学へ入るための準備機関と自ら認めているように見えるなぁ。
            本来この委員会で議論されるべき事は大学全入時代になって学生全体の知的水準が下がったのをいかに引き上げるか、その教育制度を議論することであって、受験勉強をどこで行うべきかという話ではないはず。

            まあ、これより前の文脈でこういう議論になっているのかもしれませんが、議論の途中で論点がすりかわっている様な。


            そして、遊びだけではなく、文化・文芸を勉強
            する。

            これは、「文化・文芸の教授」というタスクをさらに学校におぶせようという話なのかなぁ。はっきりいって、高校を含めた義務教育は、あくまで「基礎知識の教授」というタスクのみに特化して再設計すべきで、やれ生活指導だの社会性の養育だのは、単なるオプション(各学校の売り)としておいておくのでいいとおもうのですが。
            親コメント

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