パスワードを忘れた? アカウント作成
この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。

ネットから長文が消える理由?」記事へのコメント

  • 文中、「人間は言葉なしに、考えることはできない。」ということを筆者が書いている。昔からそういう主張をときどき耳にするが、これは間違っていると思う。

    例えば自分の家から最寄の駅までの道筋を考えるとき、「まずあそこの角までいって、次にコンビにの前を通って...」という風に言葉を使って考えるだろうか。そういう人もいるだろうが、もっと画像的にイメージを思い浮かべる人もいるのではないか。少なくとも自分はそうだ。

    そうすると、そういうイメージも言葉の一種なのだと開き直る人も居るが、それでは言葉の意味を広げすぎで、もとの主張にあまり意味がなくなってしまうだろう。
    • by Anonymous Coward on 2007年02月07日 0時23分 (#1105331)
      普通「人間は言葉なしに、考えることはできない。」と言うときの言葉ってのは象徴一般のことを指します。
      世界を象徴を介して認識することで、脳内で操作可能=思考可能になるわけです。道筋というものをただ思い浮かべるときでも、脳内でランドマークを空間上、あるいは時間軸上に配置していきますよね?それが象徴で思考するということです。幼児などはまだこの操作が不慣れなため、順番という概念が分からなかったりします。成長し発達する中で順番や入れ替えなど、象徴を操作することを学習していく訳です。
      どうやって世界を象徴へと変換しているのかというのはとてつもない難問ですがね(簡単だったらフレーム問題はすぐに解決できる)。
      時々、本気で「象徴」ではなく「言葉」あるいは「言語」そのもので考えているのだと主張している人もいますが、その主張はあまり一般的とは言えません。
      親コメント

物事のやり方は一つではない -- Perlな人

処理中...