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「『怠惰』って何」 「『まごまごする』ってどういう状態?」
この記事 [sankei.co.jp]「『怠惰』って何」『まごまごする』ってどういう状態?」 なんかもそうですがメディアの印象操作ではないかと思う。
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日本発のオープンソースソフトウェアは42件 -- ある官僚
少数精鋭化 (スコア:1)
ゆとり教育とかは1人の100点と99人の50点を生み出す。
その結果平均点は確かに下がったが、
飛びぬけて優秀な人を作り出すことには成功した。
その結果、その100点の人々が日本の科学技術をリードするような研究をするようになった。
(70点が不足するので、研究者と労働者は足りても、技術者は足りなくなりますが)
っていう楽観論はだめですかね?
労働者も足りなくなります (スコア:3, 興味深い)
こちらの記事 [sankei.co.jp] でも似たようなこと触れてますね。
科学教育は国のみのためではありません。「あるある」や「水からの伝言」、ひいては水質やドロドロ血や水子がどうのこうのといった詐欺から身を守るためのものでもあります。数学を少し知っていればねずみ講にも引っかからないでしょう(日本の詐欺的保険には引っかかるかもしれませんが)。
#「科学技術」って用語も何とかならんかな。
#「科学を利用した技術」という意味にしかならん。
#「科学と技術」とか「技術科学」とか。
Re:ホントに学力低下してるんですかね? (スコア:2, 興味深い)
>ゆとり教育とかは1人の100点と99人の50点を生み出す。
>その結果平均点は確かに下がったが、
>飛びぬけて優秀な人を作り出すことには成功した。
どうしてこういう事を思いついたのか分かりませんが、ゆとり教育でこんな結果が生まれたという統計上のデータというのは存在するんですかね?ゆとり教育の批判と言うときに、何故ゆとり教育という物が主張されて(これは今現在ゆとり教育を批判しているメディアの力が大きいですよね?)、誰によってどのように実行されて結果どのような現実に至ったのかという調査って見たことがないのですが。 ゆとり教育が提唱され学習指導要領に反映された1977年 [wikipedia.org]の大学進学率は38.4%(22-17進学率と就職率 [stat.go.jp])(昭和52年ですが50年のデータしかないので50年のデータ)です。じゃあ今はどうかと言えば平成17年度は51.5%な訳です。パレートの法則ではありませんが、一定以上の学力を持つ人間というのが全体の割合に占める率というのは往々にして半分より遙かに低いわけですから、大学進学率が上がれば昔なら大学に来なかった"出来ない学生"も多量に進学してくるわけです。
よくブログが流行しだしてから、インターネット上のコンテンツの質が落ちたとか、Googleの検索結果の精度が落ちたとか言いますが、ネット上のhtmlデータは年を追うごとに倍々ペースどころじゃない増え方をするのに連動し、ライトユーザーも大量に発生しているわけですよね。結果的に質の高いデータの全体に占める割合というのは減ってゆく。
ですから、出来ない大学生が増えていることが事実であっても、出来る大学生の絶対数が減っている事にはなりませんよね?中学生レベルの分数計算を10人にやらせて正答率8割という事実を前にして、2人も出来ない奴がいると驚くのは勝手ですが、仮に正答率がかつて9割を超えていたとしても大学進学者の絶対数を考慮してみれば、出来る大学生の絶対数がどれだけ変化しているのかは分からないはずだと思うわけです。
仮に分母が増えたせいで現状に問題が起きているならば、大学進学率を下げればいいのかというと、それはちょっと違う気がする。昔は怠惰や、まごまごすると言う言葉の意味が分からずにそのまま就職していた人が、大学に来ることでその意味を知るチャンスを得たと考えるべきだと思う。このテの問題についてのメディアの報道というのは常に、「昔はこんな大学生はいなかった」と誘導するような報道が多いですが、そもそも「昔はこんな大学生はいなかった」と言う発想の裏には、「自分が大学生の時はこうではなかった」と言う記憶の捏造があるとおもう。(何故記憶が捏造されていると断言するかと言えば、例えば20歳上の世代を見ると彼らは学生時代に学生運動をしていた世代ですから、学校で勉強していたはずがないわけです。また、いま大学で研究者として第一線で働いている人達と話しても、学生時代は殆ど遊んでいたという人って少なくないですよね。)
「昔は良かった」「自分or昔はそうでなかった」という「今を憂いて過去に想いを寄せる」思考の軌跡は、「最近の若者は・・・」と壁画に描いていたメソポタミアの粘土板から今に続くデジャブーとしか思えない。