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「仁義なきキンタマウイルス」で自殺者」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward on 2007年06月09日 9時46分 (#1170286)
    「仁義なき」っていうのはこういう意味だったんですね。

    日本人はこうも優しさをなくしてしまったんでしょうか。
    • by LSD (18955) on 2007年06月09日 10時42分 (#1170299)
      「仁義なき」を議論するためには少なくとも仁義とは何かを明らかにする必要がありますが。

      まず、「仁義礼智心」の儒教の五徳のうちの「仁」と「義」は

      ・「仁」 思いやりの心 憐れむ心がやがて「仁」になる
      ・「義」 世のためになる人としての道 不善を恥じ憎む心がやがて「義」になる

      儒教は「大夫(貴族)としての理想の行動様式」的な要素があります。

      次に日本語の「仁義」。岩波国語辞典によると
      (1)儒教で道徳の根本とする、仁と義。人が踏み行うべき道。転じて、義理。
      (2)やくざ仲間などで、初対面の時に行う特殊な形のあいさつ。

      最後の暴力団(や任侠団体?)の使う意味での「仁義」がある。
      仁義・暴力団ミニ講座 [web-sanin.co.jp]より

      (3)(一般社会の規範からはずれた)暴力団社会特有の倫理観に基づいた行動規範
      (4)暴力団社会における初対面の挨拶として行う特定の儀礼様式

      儒教的「仁義」あるいは岩波国語辞典の(1)の解釈は他人の行動を規定するものではないので
      解釈としては(3)をとるのが妥当だと考えられる。

      そうすると、ここでいう「仁義」は、良心的に拡大解釈しても、グループの内輪だけでしか
      通用しない特殊な行動規範となり、直接は日本人の優しさとは結びつかない。
      親コメント

「科学者は100%安全だと保証できないものは動かしてはならない」、科学者「えっ」、プログラマ「えっ」

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