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公立校での「忠誠の誓い」復唱は違憲、米大統領らは激怒」記事へのコメント

  • by edmeister (4989) on 2002年07月02日 9時36分 (#117126)
    アメリカ国民として発言します。

    国旗に対する「忠誠の誓い」と直訳すると、すごく日本人には抵抗を感じる表現になるとおもいますが、現地のニュアンスでいうと、「自由と平等の国であるアメリカの一員であることを誓う」というかんじで、アメリカが自由でなくて平等でもなければ抗議をするという信条を思い出させてくれる、なかなか良い文章なのです。

    今回の裁判をおこした人も、そういうアメリカの主権を尊重して、自らの信ずるとおりに行動したのでしょう。

    問題となったのは、最後の部分にある、"one nation, under God" で、「神のもとに一つの国」という 1954 年に追加された部分です。州の連邦であるアメリカに特有な文で、日本の「県」とアメリカの「州」との違いをここに感じてみてください。

    しかしまあ、今回の話は、50年もとなえていると、意味はともかく、みんな慣れ親しんでいるので、裁判所の判決だから変えろといわれても、抵抗を感じるのが普通の市民の反応だと思います。これ愛国者であろうとなかろうと、いっしょ。

    アメリカの小学校でこれを一日のはじめに全員で唱えると、気分がひきしまった覚えがあります。アメリカの学校には、校歌だとか校旗といったものがあまりありませんので、それも考慮にいれてくださいね。

    ちなみに、判決をだした appeals court はなにかと物議をかもす判決で有名 [cnn.com]な裁判所で、この判決自体がいまは留保 [cnn.com]の状態にあって、別の裁判所が調査中。というわけで、裁判所に対する議会と連邦政府のチェックと同様、裁判所の裁判所に対するチェックも進行中。

    # それにしてもなぜ日本では愛国者は目の敵にされるんだ?
    • by isi (4853) on 2002年07月02日 10時26分 (#117163) 日記
      理由は単純です。

      奴ら「愛国者」によって一度滅びかけたから。

      しかも反省の色すら見せない。つーか戦後民主主義をいいことにすき放題がなり立ててる。

      国旗に対する「忠誠の誓い」と直訳すると、すごく日本人には抵抗を感じる表現になるとおもいますが、現地のニュアンスでいうと、「自由と平等の国であるアメリカの一員であることを誓う」というかんじで、アメリカが自由でなくて平等でもなければ抗議をするという信条を思い出させてくれる、なかなか良い文章なのです。

      今回の裁判をおこした人も、そういうアメリカの主権を尊重して、自らの信ずるとおりに行動したのでしょう。

       日本では引用部の後段の部分「祖国が自由でなくて平等でもなければ抗議をする」という部分がすっぽりと見事なまでに抜け落ちているのです。むしろショーグンの時代の「よらしむべし、しらしむべからず」が今だに現状なのでしょう。

      「愛国心はならず者の最後の拠り所」が現実になっている国なんです。日本は(sigh)。

      親コメント
      • by Anonymous Coward on 2002年07月02日 11時51分 (#117239)
        > 「愛国心はならず者の最後の拠り所」が現実になっている国

        しかし、右翼団体の構成員は、在日朝鮮人だという罠
        親コメント
      • by Anonymous Coward on 2002年07月02日 12時28分 (#117274)
        政治的な意味での日本という国については、
        特に愛してるという事はないが、
        日本という風土には愛着があります。
        例え戦争で日本国が滅んでも、日本文化が滅ぼされなければ
        問題ないです。

        こういう感情と、愛国心というのは別物なのでしょうか?
        親コメント
        • 本来『愛国心』というものの根っこははそういうものだと思うのです。
          # 自分の生まれ育った土地風土が好き → 日本良いなぁ、って

          ただ、この国で『愛国心』って言葉を使うと、背後で日章旗が翻っちゃうから、
          こういう素朴な感情の為の新しい言葉が必要かも。
          親コメント
          • by kubota (64) on 2002年07月02日 13時26分 (#117357) ホームページ 日記
            自分のふるさとを愛する、というか好きだ、というのは多くの人が持っている感情だと思う。でも、その「ふるさと」はほんらい、自分が生まれ育った舞台というか地域としての「ふるさと」自身で完結しているものであって、それを(ひとりの人間が経験できないくらい広い地域であり、場所によって様子もだいぶちがう)「日本」にまでおしひろげるのは、なにか作為的なものを感じます。

            その意味では、「おクニ自慢」(という言葉は、たいてい都道府県や市町村レベルの地域を意味しますよね) のほうがまだ自然な「ふるさと」意識に近いと思う。

            親コメント
            • Re:ふるさと (スコア:2, すばらしい洞察)

              by genobash (7565) on 2002年07月02日 13時35分 (#117367) ホームページ
              自分が、故郷を意識するようになったのは、上京してからです。

              国外で生活するようになれば、「日本」にまで押し広げられても違和感がないかもしれません。

              「おクニ自慢」で満足できるのは、日本人が世界の田舎者である証ではないでしょうか?
              同時に非常に幸せな国民であるとも言えるでしょう。 :)
              --
              gen+nob+ash
              親コメント
        • 日本という風土に愛着があるという点に同意します。
          政治システムとしての国には出しゃばらないでいただきたい。

          しかし、私の場合国旗も国歌もわりと好きなんですが、
          こういう人間は少数派ですかね?

          法律で制定した事には反対しますが。
          単純に旋律と日の丸のシンプルなデザインが好きなんですよ。
          親コメント
    • Re:アメリカ人としては (スコア:2, すばらしい洞察)

      by clavicle (10109) <{masakun} {at} {foneticode.org}> on 2002年07月02日 10時24分 (#117161) 日記

      日本国籍をもつものとして発言します。

      日本においては、愛国心/愛国者=国粋主義者というステレオタイプが、多かれ少なかれあるのです。そしてその国粋主義、ナショナリズムこそが、第2次世界大戦への日本の参戦とそこで行った暴力の根本的な原因であったと、義務教育のあいだ繰り返し教えられるのです。

      「アメリカの主権を尊重して、自らの信ずるとおりに行動」するのがアメリカ国民の倫理であり、そこには学校での毎日の『忠誠の誓い』をすることや不当だと感じることを訴訟に持ち込んではっきりさせることが含まれるのと同じように、愛国にはイデオロギー的な胡散臭さを感じ、なんとなく歴史的な経緯から申し訳なさを感じるのが日本人の倫理となっているのではないかと思います。

      多くの投稿が、日本とアメリカのそれぞれの枠組みでのみ相手をとらえているので、ここで整理をするために書きます。

      私個人としては、愛国心と市民性(civil manner?)、右翼と保守主義とか言葉の意味の違いをその都度洗いなおしてこなかった日本語の弱さが何よりの問題だと思いますが。

      #本題からかなり脱線「申し訳ない」

      親コメント
      • by edmeister (4989) on 2002年07月02日 13時00分 (#117330)
        >「アメリカの主権を尊重して、自らの信ずるとおりに行動」するのがアメリカ国民の倫理であり、
        >そこには学校での毎日の『忠誠の誓い』をすることや不当だと感じることを訴訟に持ち込んで
        >はっきりさせることが含まれるのと同じように、愛国にはイデオロギー的な胡散臭さを感じ、
        > なんとなく歴史的な経緯から申し訳なさを感じるのが日本人の倫理となっているのではないかと思います。

        非常に的確な表現だと思います。
        単に「日本という国が好きだ」というだけでも、その「申し訳なさを感じる」という感覚がブレーキをかけているのを、自分も感じます (小学校後半、歴史を学んだのは日本でだったから)。

        上の文に、アメリカは一つ一つの州が小さな国であって、その連邦に対して帰属するという意味の「忠誠」も存在することを加味していただくとさらに良いかと思います。老婆心ながら。

        United States の何が United なのか、日本ではなかなか理解してもらえないので、こうした議論が起こる気もしますね。

        考えなきゃいけないことがたくさん。
        親コメント
    • >1954 年に追加された

      追加されるときは、宗教分離は問題にならなかったの?

      まー、あめりかって、人種差別とかでも、アフガンとかの問題でも、結構言ってることとやってることが堂々と違うよね。

      日本みたいに「せこせこ」違うほうが普通ちゃうか?

      何がアメリカをそんなメンタリティーの国にしたのか?に興味があります。
      親コメント
    • > しかしまあ、今回の話は、50年もとなえていると、意味はともかく、みんな慣れ親しんでいるので、裁判所の判決だから変えろといわれても、抵抗を感じるのが普通の市民の反応だと思います。これ愛国者であろうとなかろうと、いっしょ。

      普通じゃない(=大多数に与しない)市民の信仰の自由は圧殺されても良いということでしょうか?

      かように、Politically Correctnessが市民の権利を脇へ退けて大手を振って通ろうとする彼の国の現実に、一人の人間としてのワタシは違和感を感じます。今回の事件に限ったことではありませんが…。

      # それにしてもなぜ米国では愛国者でないと肩身の狭い思いをするんだ?
      親コメント
      • by edmeister (4989) on 2002年07月02日 12時39分 (#117289)
        > 普通じゃない(=大多数に与しない)市民の信仰の自由は圧殺されても良いということでしょうか?

        おちついて読んでいただけるといいのですが、そんなことは申し上げていません。むしろ、小数の意見が通ったからこそ、今回の判決があったのだと理解していただけると思います。

        しかし、多数のアメリカ人にとって、この判決がどうして違和感を覚えるものであるのかを、上では説明したつもりです。

        > # それにしてもなぜ米国では愛国者でないと肩身の狭い思いをするんだ?

        それはあるかもしれませんね。きたる 7/4 の独立記念日などは特に。

        とはいえ、アメリカでは自分の国を大事にすることに後ろ指をさす人は少ないけど、日本ではやたらと非難する人が多いのはなんででしょう? ふむ。熟考に値する。
        親コメント
        • by hachi-o (6321) on 2002年07月02日 13時36分 (#117370) 日記
          > とはいえ、アメリカでは自分の国を大事にすることに後ろ指をさす人は少ないけど、日本ではやたらと非難する人が多いのはなんででしょう? ふむ。
                                                    熟考に値する。

          本当に国を大事にすることについては声高に表明する必要はないと考えます。
          少なくとも日本では「愛国者」と名乗り愛国心を振りかざす人は、何か別の意図を持っている場合が多いようです。
          日本は過去それで痛い目にあっていますのでそういう人に対して敏感なのでしょう。

          <フレームのもと>
          #愛国心の名のもとに他の国へ出かけて乱暴狼藉をはたらくような国であってはならないという自戒もあるのでしょう。
          </フレームのもと>

          愛国心とはその人の国に対する思い入れみたいなものを含むでしょうから、国旗だ国歌だ神だなどと枠にはめようとするのはどうかと思うんですがいかがなものでしょう?
          自分の国を愛する人が多いかどうかなんて先日のW杯の騒ぎを見ても明らかではないでしょうか。
          親コメント
        • どうもUSの人って、USの中で何か目立つことをやることでそのまま名声を得ていませんか? これは、海外で目立つことが名声になる日本から見ると変わった価値観に見えます(でなければ日本で野茂や中田があれほど話題になることはない)。

          USの人が「USで一番になれば世界で一番」と考え、片や日本人が「海外で一番にならなければ日本で一番になっても意味がない」と考えるならば、自分の国に対する態度はおのずと変わってくるでしょう。

          親コメント
        • by dama4slash (785) on 2002年07月03日 0時27分 (#117774)
          >とはいえ、アメリカでは自分の国を大事にすることに後ろ指をさす人は少ないけど、日本ではやたらと非難する人が多いのはなんででしょう? ふむ。熟考に値する。

          日本で自らを「愛国者」と唱えた人たちへの印象は、
          「アメリカ合衆国の正義」の名の下にテロを行っている
          アメリカ合衆国に対する印象と類するものがあると思います。

          アメリカ合衆国は、国際司法裁判所からテロ国家と
          認定されている(比喩的表現)のは認識されていますよね?
          #以下、合衆国とはU.S.A。メキシコじゃないです

          その根源が、
          1.自国(のみ)を愛するから。
          2.自分の愛する者(のみ)を愛するから。
          3.そんな自分たち=合衆国国民(のみ)が正しい。
          ことにあるように思えてならないです。

          3.が日本での「愛国者」と唱えた人々に相当すると思います。

          別の視点では、「愛している」からと言ってそれが「正しい」
          とは限らないのではないか、ということ。
          とりあえず、正しいことが何かは置いておくとして。

          多数の人種が居るのに、合衆国としては自分たちのやり方は
          すべて正しいという考えで動いているように思える
          のはなぜでしょう?

          なんか、かなりギリギリなこと書いてるかも。
          自分が消されたら、アメリカ合衆国のせいにしよう。
          親コメント
    • 歴史を遡ってみると、いわゆる絶対王制のころ、王の権力は「神から授かった」なんていわれていましたよね。ところが、ここではどの神か、どの宗教の神かなどについての言及が全くありません。となると、Godは宗教的ではない何か別の点で超越した存在と考えた方が自然です。

      ではGodはどんな意味なのか? 英語の「Oh, God!」という表現(何かをいわれた時などに反応として出る)を考えると、Godは話し手の中に内在するものを指しているようです。なおかつこれは驚きの表現ですから、Godは「話し手が持っている思考の拠り所」であると考えるのが自然でしょう。

      こう書いてしまうと全く味気ない訳ですが、もしかしたら日本語では(大和魂などの)「魂」というのがぴったり来る訳かも知れません。なおかつ、この訳なら事件の全体像もある程度理解することができます(ie これならどこの国で同じ事件が起こったっておかしくない)。

      親コメント
    • by ksada (4435) on 2002年07月02日 11時08分 (#117203)
      >> # それにしてもなぜ日本では愛国者は目の敵にされるんだ?

      国→「国を相手どって訴訟」の国→為政者→政治家、なんて連想が働くとか。
      親コメント
    • # それにしてもなぜ日本では愛国者は目の敵にされるんだ?


       愛国心を共用している姿が見苦しく映るだけかと。
       んなもんは、自分が持っていればいいのであって、他人に共用するものでもなかんべさ。

      # 愛国心どころか愛郷心一杯の人(笑
      親コメント
    • ># それにしてもなぜ日本では愛国者は目の敵にされるんだ?

      日本人の中の愛国者、と言う意味でしょうか?

      うーん…
      やはり先の大戦で、行きすぎた愛国心を利用されて痛い目を
      見た記憶がまだ残っているから、愛国、愛国と叫ぶ人達を警戒
      してしまうのかもしれません。

      愛国心は悪党の最後の拠り所、と言う言葉もありますね。

      --

      #今日もコーディングえっほっほ。

      親コメント
    • Re:アメリカ人としては (スコア:1, すばらしい洞察)

      by Anonymous Coward on 2002年07月02日 12時33分 (#117281)
      ># それにしてもなぜ日本では愛国者は目の敵にされるんだ?

      自称「愛国者」は、自分の意に沿わない者をすべて敵として扱うから。

      赤十字の病院や、結婚式の場をを誤爆したのもきっと愛国者なんだろうな。
      親コメント
    • Re:アメリカ人としては (スコア:1, すばらしい洞察)

      by Anonymous Coward on 2002年07月02日 14時38分 (#117431)
      edmeisterさんの現場(?)の意見、よく理解できます。

      > #それにしてもなぜ日本では愛国者は目の敵にされるんだ?
      この枝の伸び具合を見るに確かに仰る通りですね。^_^;
      やはり戦後教育の影響が大きいと思います。
      そしてその始まりはアメリカの政策だったのですが…。
      # 50年も経てば他人のせいにはできませんが。

      『神のもとに』の捉え方ですが、政教分離の原則に反しているかといえば
      一概にそうとも言えないと思います。正教の『教』とは教義であって信仰自体を指すものではない。
      教義の違いは対立を生むけれども、信仰する精神は政(まつりごと)の基本です。
      政治に祭り(祖先や倫理観との語らい)がなければそれは乱れる。
      祭政は不可分であって、今の日本はまさに祭政不一致の乱れた状態だと思います。
      日本がアメリカを見習うべきは、(形だけにせよ)政治から祭りの精神が失われていない点だと思います。
      正教分離と祭政一致は両立するものです。

      もちろん『神のもとに』の神をキリスト(あるいはキリスト教の神)だと明言してしまえば、
      そこに対立が出てくるのは明白です。しかしunder Godが特定宗教に限定されない神
      あるいは良心としての意味を50年の間に得てきたのであれば、
      それを政教分離に対して不当だとする主張は一面的過ぎると思います。
      (もちろん主張する自由はありますし、現にそれが行使されたわけですが)
      今回の圧倒的市民の反対によって裁判所が留保したという経緯はとても妥当な気がします。

      親コメント
    • by G7 (3009) on 2002年07月02日 15時50分 (#117481)
      >「自由と平等の国であるアメリカの一員であることを誓う」というかんじで、アメリカが自由でなくて平等でもなければ抗議
      >をするという信条を思い出させてくれる、なかなか良い文章なのです。

      抗議者だったはずの存在が、やがて抗議される対象になってしまう、ということはよく有ります。
      (昔から)良い題目を掲げているからといって、常に変わらずプロテストするだけの立場
      (プロテストされない立場)でありつづける保証は、無いです。

      キリスト教も、当初は既存宗教(ユダヤの律法主義とかだっけ?)へプロテストする立場だったはずが、
      1500年ほど(だっけ)経ったら、更に新しい人々からプロテストされる羽目になっちゃったわけで。

      ま、そんなもんだと思いますよ。
      主体が時とともに変質することも有るし、(公害環境問題みたいに)主体の行為は不変だけど周囲による解釈のほうが
      変化していくこともありますし。
      条文の類は、それ自体はいじらなければ変化しないものだから、後者ですね。
      その条文の欠陥が今指摘されるに至った、という感じでしょうか。

      >50年もとなえていると、意味はともかく、みんな慣れ親しんでいるので、

      >アメリカの小学校でこれを一日のはじめに全員で唱えると、気分がひきしまった覚えがあります。

      高校の頃の知り合いで(日本の現状(?)の)国旗国家肯定派の人が、まさにそういう発言をしていました(^^;。
      俺はどっちかってーと否定派でして、そういう発言を聞いても(というか聞けば聞くほど)、
      それのどこが国旗国家を肯定する理由に成り得るんだ?としか思えませんでしたね。
      嗜好の問題なのですから。

      >アメリカの学校には、校歌だと
      >か校旗といったものがあまりありませんので、それも考慮にいれてくださいね。

      酒、もとい歌&旗なんぞ無くても、人間は盛り上がれます(^^; #と俺は信じてる。
      親コメント
    • by N'gatt (9815) on 2002年07月02日 23時06分 (#117718) 日記
      # それにしてもなぜ日本では愛国者は目の敵にされるんだ?

      わたしの場合、一番感受性の強い時期に田中芳樹の小説を読んだから。周りにも同類が何名か :-)
      親コメント
    • ふと疑問に思ったんですが、忠誠とか誓いやらなんていってても、実は口に出しているだけでいざとなればジョークネタにすらしてしまうほど実は軽いものなんではないでしょうか?

      あ、ついさっき、昔見たFull HouseでJessyが学校のポールに校長のカツラをかけて、朝礼でカツラに忠誠を誓ったってのを思い出したんで(笑)。

      親コメント

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