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公立校での「忠誠の誓い」復唱は違憲、米大統領らは激怒」記事へのコメント

  • 学校で、国旗に対する忠誠の誓いをやらせるということ自体、 たいへん異様なことに映ります。

    国家が、自分自身の権力を利用して、自分自身に忠誠を誓うように 子どもたちを洗脳している、といった構図でしょうか。

    • > 学校で、国旗に対する忠誠の誓いをやらせるということ自体、たいへん異様なことに映ります。

      組織維持として当然の手法だと思うけど。国家による教育は洗脳でしかありえないよ。

      まさか各個人にまかせれば、国家は維持できるとか思ってらっしゃるわけでもないでしょうに、なぜ異様だと感じるのでしょう?
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      : 〜〜〜 パルナス、けだるい日曜日。 〜〜〜
      • べつに国家なぞいらん、とは主張してません。 各人の利害を調整したり、まっとうな社会生活を営むために、 国家権力というものは必要なものです。 各人がやりたいようにふるまえば、 国家はおろか、どんな形態の社会も成立しないでしょう。

        が、それと「国家に対する忠誠心」とは別物ではないですか?

        • が、それと「国家に対する忠誠心」とは別物ではないですか?

          近代以降の国民国家においては, 国家の防衛は国民自身が自分たちの力で行うことになっています. いくつかの国で徴兵制が敷かれていたり, 国民皆兵制度になっていたりするのはそのためです. 国家の防衛を武士・騎士などの特権階級や, そのために雇われた傭兵に負担させていた, それ以前の時代とは違います.

          いざというときに国家を防衛するのは国民しかいないのだから, その国民が国家に忠誠心を持たずして, どうして外敵を防ぎ国家を維持することができるのか, というのが国民に国家に対する忠誠心を要求する論理

          • いざというときに国家を防衛するのは国民しかいないのだから,その国民が国家に忠誠心を持たずして,どうして外敵を防ぎ国家を維持することができるのか,というのが国民に国家に対する忠誠心を要求する論理です.

            ぼくはこのスレッドの最初で、国は人がより良く生きていくための道具だ、と書きました。ですので、自分が使う道具を守るという意味では、国家防衛はありえます。ただし、あくまで道具を守るという意味合いにおいて、に限ります。

            そんな心構えでは戦争はできない、理性を捨てて狂気に走らないと国家を防衛することはできない、というの

            • >ですので、忠誠心なるものを持ってきて理性的な判断を曇らせることによって国民を国家防衛 (だと忠誠心を持つ国民には映るもの、かもしれない) に駆り立てる、ということには、やはり反対です。

              忠誠心と理性は両立可能なものです。決してどちらか一方の選択を迫るものではありませんよ。それに理性を持って戦争に参加することもあります。

              見事なまでのステレオタイプな戦争観ですが、当時の一次二次資料を当たれば、そうでないとわかると思います。

              日本における先の戦争も、国家が国民を煽った結果という面もありますが、それ以上に国民自身が戦争を煽った
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              : 〜〜〜 パルナス、けだるい日曜日。 〜〜〜
              • なぜ戦争の話を始めたかというと、「忠誠心」が要求される理由として、 numa さんが、戦争のときに国家のために戦うという行動に出るためには 忠誠心が必要だから、ということを挙げたからです。 「狂気」とか「理性」を持ち出したのはぼくですが、それは、 ふつうだと参加しない戦争に忠誠心があれば参加するのはなぜだろう、 ということを考えたときの、ぼくの解釈です。(理性で考えて参加するのなら 忠誠心などいらないし、理性で考えて参加しないものを参加させるような 心理的な要因というと狂気の一種かなあ、と)。

                もし、戦争という場面以外で「忠誠心」の要求が正当

              • > 。(理性で考えて参加するのなら忠誠心などいらないし、理性で考えて参加しないものを参加させるような心理的な要因というと狂気の一種かなあ、と)。

                なぜ忠誠心が必要か、というのが理解できないのは、kubotaさんがあくまで個人レベルで考えているからでしょう。もっとマクロ的な視野に立てば理解できるはず。理性で考えて行動してくれないのが国民なんですよ。だから国家として忠誠心を持ってもらう政策が必要なだけ。

                kubotaさんが「私はそうじゃない。むしろ反発する」って言ったって、政府が「反発する人数より、忠誠心を持ってくれる人数の人が多い」って判断して
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                : 〜〜〜 パルナス、けだるい日曜日。 〜〜〜
              • > 国家維持には必須ではないですか。国民の過半数が「日本がキライ」になれば、まあ国家として維持できないでしょう。

                そんな「国民から支持されない国家(*)」なら、維持する理由はないじゃない?

                *: 隣の半島の北半分はそれに近いような気がする(:-P)
              • みなさん、見事なミーイズムですなー。

                国家は自己維持を目的として内包してしまうってこと、わかりません?(特定の国は指してません。日本でもアメリカでもどこでも同じ)

                なんで国家の立場に立って物を見れないの?

                なんで個人の物差しであれこれ国家を評価しちゃうのかな。国家としてどうだ、という評価ならまだ建設的なんだけれどもね。
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                : 〜〜〜 パルナス、けだるい日曜日。 〜〜〜
              • すでに議論されてますが、わたしたちは人間なんだし、人間の生命や幸福はそれ自身価値があるものなので、人間の立場でものを見るのです。libra55 さんが指摘された、大切な友人知人親戚も、すべて人間じゃないですか。

                国家は、人間 (国民や住民やそれ以外の人) の生命や幸福の役に立つ限りにおいて、価値があります。ですので、その観点から、「国家としてどうだ」という評価はありえます。

                もしあなたが人間じゃなくて国家なら、国家の立場でものを考え、国民を国家存続という目的のための手段としてとらえるのもいいでしょうが、そうじゃないですよね。

                国家が自己維持を目的としてしまう、ということは、残念ながら、真実のようです。国家に限らず、どんな組織でも、その組織の目的から外れて、その組織そのものの存続自体が自己目的化してしまうことは、よくあることです。が、それはもちろん、望ましくないことです。

                ミーイズムを肯定するわけではありませんが、自己目的としての国家など、なんの価値もありません。

                親コメント
              • 国家って、多数の人間を含んだ組織ではないのかな。

                どうも「国家」って言葉にアレルギーのある人が多いように思われる。

                自分の利害や思想を超えて、国民全体の利害を考える、ってできないですかね。そういうのを指して「国家の立場で考える」って表現したんですけれども。

                私は日本国民ですから、日本という国家の一部だと自覚しています。おかしいんでしょうか、こういう考え方は。

                ま、けっこううんざりしました。kubotaさんはちゃんと自分の意見として表明しているわけだけれども、他のACどもは単語に反応して皮肉を言うことしか知らない。それも使い古された表現を使い回すばかり。思考するということを知らん。

                やっぱ民主主義なんて幻想だな。衆愚政治になるだけだ。
                --
                : 〜〜〜 パルナス、けだるい日曜日。 〜〜〜
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未知のハックに一心不乱に取り組んだ結果、私は自然の法則を変えてしまった -- あるハッカー

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