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数学によって導く最適な著作権期間は14年」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward
    数学によって14年に決まる。なんてものすごく気持ち悪い言い回し。

    まず、
    • 何を以って最適か否かを判断する評価関数をどうするか
    • 評価関数を決めるのに必要なパラメータは何と何か

    これは必須なわけです。しかもこの二つは数学の範疇ではないわけで。一番キモであるこの二つを決めれば、あとは数学を使ってでも求まるでしょうが、それを「Optimal」「Decided by Math」なんてちょっと公平っぽさを出すためのキャッチフレーズ以上のものはないでしょう。

    制御工学で言う最適制御でも同じことだけで、「最適=みんなハッピー」みたいなイメージがあるけど、ようするに「評価関数を極大(極小)にするパラメータを出した」以上のものでなく、最後は、その評価関数がどれだけ実際の社会を同定できてるんかが重要ですよね。
    • by namatias (4000) on 2007年07月15日 11時01分 (#1189914) 日記

      元の論文の構成がそうなっている可能性は高いですが, 評価関数ありきの考え方は工学的な発想だと思います.

      評価関数を導入しなければ結論づけられない, 最終的な結果が評価関数に依存している, ということが証明されない限り必ずしもそうは言い切れないでしょう.

      数学は単純な計算を行うためだけの学問ではないですよ.

      万人の認める最低限度のことを公理として導入するだけで, 実はみんなが資意的と思っている論理が自然と出てくる可能性もあります.

      親コメント
      • 「言い切れないでしょう」と言われれば、確かに言い切れないけど、少なくともこの問題について
        > 万人の認める最低限度のことを公理として導入するだけで,実はみんなが資意的と思っている論理が自然と出てくる可能性もあります.
        と考えるのは問題解決に対するセンスが欠けていると思う。

        現実問題として、こういう可能性をささっと枝狩りできるセンスがない人は、生きていくのに大層苦労しそうだ。
        「今朝俺は茶碗にご飯を何粒盛るべきか、それも自然法則によって決定するはずだ!」とか考えだしたらキリがない。
        • > 現実問題として、こういう可能性をささっと枝狩りできるセンスがない人は、生きていくのに大層苦労しそうだ。

          むしろこの程度の事を確認せずささっと枝狩りするセンスは危険だと私は感じます。
      • 数学が単純な計算を行うためだけの学問でないのは、そうなんでしょうけど、果たして、この種の問題で定量的な答えが
        得られるアプローチとして、ありそうなモデルと評価関数を用意して最適化問題を解く以外に有効な方法があるのでしょうか?

        例えば、14なんて数字が導き出される公理なんてものがあったとしたら、それは、結局は
        ありそうなモデルと評価関数、と大して変わりないものになるのはおよそ予想がつきます。

        私は工学屋ですが、聞きかじりで安直な「応用」をしている数学の方をよくみます。現実を大胆に理想化して
        本質を抜き出すというより、ただ恣意的な仮定を置いて証明をつけてるという印象が強いです。
        センスも感じないし、面白くもなんともありません。

        証明がつかないから言い切れないのは理屈としては否定しませんが、数学って、そんな突拍子もないことを
        可能にする学問でしょうか?
      • 工学的な発想の元ACです。

        > 万人の認める最低限度のことを公理として導入するだけで,実はみんなが資意的と思っている論理が自然と出てくる可能性もあります.

        一般的には同意できますが、この論文の仮定が「万人の認める最低限度のことを公理として導入するだけ」なんですかね?

        > 万人の認める最低限度のことを公理として導入するだけで,実はみんなが資意的と思っている論理が自然と出てくる可能性もあります.

        そしてこの場合の解釈として、「恣意的と思っていたが、万人が認める公理から出てきたんだからこの論理を認めよう」という解決法もあれば、「この論理が恣意的な根本原因は、この公理だったのか。万人が認めるものだと思っていたが、やはり人間のすること、見落としがあったのだ。」という解決法もあります。

        つまり、「14年」という結果が出ても、社会的に見れば「14が正しい」か「14なんて結果がおかしいのには仮定に無理があるから」という対立がおきるだけです。
      • これのどこが素晴らしい洞察なのかなあ...公理、云々し始める時点で、親コメントからも
        この種の問題へのアプローチとしても、的外れだと思うんだけど。

        数学への熱い思いみたいなのは伝わってくるけどさ。

皆さんもソースを読むときに、行と行の間を読むような気持ちで見てほしい -- あるハッカー

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