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例えばこういうことがあります。谷崎潤一郎や江戸川乱歩、梅崎春生、特に谷崎は世界的にも知られた文豪 であります。この著作権が10年以内に切れてしまいます。(中略)私も、うちにある「世界文学全集」をずらっと眺| めて、最近は「世界文学全集」はあまり出ませんけれども、一番最後に出された集英社の「世界の文学」なんかには、欧米だけではなくて、南米文学もたくさん収録されております。それを全部見ても、ほとんど100パーセントと言っていいぐらい、既に70年になっている国の作家であります。古い文学全集を見ましたら、魯迅だけ違う。あとは全部70年になっているんです。 我々が良く知っている、何でもいいですけれども、サルトルでも、ガルシア・マルケスでもいいんですけれども、そういう作家たちの中に、川端康成とか、谷崎潤一郎とかを置いても全く遜色はないと思われるわけですけれども、その中で川端や谷崎の作品だけが50年で保護期間が切れてしまうというのは、これはどう見ても、日本という国がいかにも文化的に貧しい国であると感じざるを得ませんし、日本という国が、作家というものに対してリスペクトしていないという感じがいたします。
もう一点、松本零士さんが「銀河鉄道の夜」というアニメを作られておりますけれども、これは著作権が切れてから作られたものであります。しかし、松本さんは、宮沢賢治の御遺族の方に、こういう形でアニメを作るんだと、あるいはコミックスを作るんだということを説明に行って、絵を見せたりしますと、御遺族の方も、これは大変すばらしいものだということで感謝をすると。例えば、花巻にある宮沢賢治の記念館には松本さんの絵が掲げられているとか、そういう形で、著作権が切れていても、御遺族に十分に理解されているということがあります。 ですから、二次利用の創作者というのは、絶えずそういう努力をやり続けていく必要があるのではないかと思います。50年たったから、それ、自由に使えという形で作品を使ってしまうということは、モラルにも反することであります。そう考えると、50年が70年に延びることによって、二次利用が難しくなるということは決してないと、私は考えます。以上です。
2点発言させて頂きます。1つは、先ほど津田委員から、多くの著作者がリスペクトを求めているということではないのではないかという御指摘がありました。それから、ヒアリングのときにも、平田委員から、文藝家協会から多数決をとったわけでもないのに、文藝家協会が保護期間の延長を求めるのはいかがなものかという御発言もあったように思います。 これに対しては、すみませんでした。まず、私は文藝家協会の副理事長で著作権管理部というのがありまして、そこの責任者もしております。文藝家協会の著作権管理部というのは、主に二次利用を扱うものでありまして、普通、作家が出版社と契約を結ぶ場合は自分でやればいいんです。それから、原稿を書くだけだったら著作権法も要らないんです。原稿を書いてお金をもらえばいいだけであります。 二次利用について、管理部で管理するということと、もう一つは、準会員の方、御遺族の方でありますけれども、これについては一次利用について、全集に入れるとか、アンソロジーに入れるとか、そういうものについては管理するということであります。ですので、私の頭の中で著作権管理というと、大体御遺族の方しか念頭にないわけです。準会員になっている方というのは、一応作家が死んだ後でも本が出ている人ばかりでありますので、もう本が出ていない人は準会員にならないので、ですから、経済的利益をある程度受けている御遺族の方というのが念頭にありますので、話の成り行きで多くの作家が死後、保護期間の延長を求めているという言い方をしたんです。けれども、実態はそうではありません。書いて、書くだけでもいいんだという方が大変多いんだということは、私も認めます。(略)
ヒアリングを聞いていまして、あるいは、今の三田委員の意見を聞いていまして、著作権法の基本的な構造を理解していない方があまりにも多いということに驚きました。今議論している著作権の保護期間というのは、著作財産権の話、専ら財産の話なのです。ところが、多くの方は金ではない、金と言うと下品だけれども財産問題ではなく、レスペクトの問題であるとおっしゃいます。しかしレスペクトの問題は人格権の問題なんです。全く違う。(中略)個々の人が思い入れを入れるのは勝手です。つまらないものであっても、親の遺産であれば、その人にとっては非常に精神的に重要なものです。思い入れがある、これは当たり前です。保護期間に対して、個々の作家がどういう思い入れをしようと勝手ですけれども、それは個人の問題であって、法律の問題ではない。したがって、レスペクト、つまり人格の問題、尊厳の問題と財産の問題を混同しているので、話がかみ合わない。ここでは財の話をすべきだろうと考えます。 人格権については、極めて簡単に言ってしまえば、現行法では保護期間はないのです。したがって、法的にはそもそもレスペクトの問題について保護期間と絡めて議論をする余地はないものです。
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Stableって古いって意味だっけ? -- Debian初級
三田氏発言の変化 (スコア:1)
# 引用ばっかりで、無用に長く、自分の意見がないので -1かな?。;-)
この動向には全然仕事とは関係ないのだけれど注目してます。私も好きな作家がいるので。
まず、銀河鉄道だとかという話やお立場は、「著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」
の発言(第4回議事録 [mext.go.jp])から下地が見えてきます。
実際その場にいたわけではないので、記事と符号性のある部分だけ引用してみますと。
また、こうも言っておられます。
ただ、こう発言しながら今回は記事によると出版元という発言があったようですね。
第5回 [mext.go.jp]が早くアップされないかな。この間の変化がよくわからいので注目しています。
最後に中山委員の発言を引用して。
とても心強く思っているの"で"あります。(子どもがケロロ好きなので。)
がんばろう。と自分に言い聞かせる。
Re:三田氏発言の変化 (スコア:1)
> 崎は世界的にも知られた文豪 であります。この著作権が10年以内に切れてし
> まいます。
中略
> わけですけれども、その中で川端や谷崎の作品だけが50年で保護期間が切れて
> しまうというのは、これはどう見ても、日本という国がいかにも文化的に貧し
> い国であると感じざるを得ませんし、日本という国が、作家というものに対し
> てリスペクトしていないという感じがいたします。
これって、文学全集に載ってしまう事が貧しいというか、リスペクトされてい
ないって風に取れてしまうんだけど。早く載るって事は、早く認められるって
事で名誉ある事だと思うんだが。
それとも無料になってから載せる集英社が貧しいのか?
TomOne
Re:三田氏発言の変化 (スコア:0)
Re:三田氏発言の変化 (スコア:1)
一つ思っているのは、著作権の認識というか問題とか
その認識が明治くらいに始まったらしい。参考:著作権制度 [mext.go.jp]
それで、三田氏が装丁から内容からなんでもかんでも、それは一つの作品だといったのには、
国宝とか、重要文化財のデータベース [bunka.go.jp]見てもらえれば一目瞭然で、文章を綴った作者ではなくて、それを含む美術品やリスペクトされてきたもの(能楽?、歌舞伎?)なのですよね。
源氏物語、徒然草など活字的、純粋的な文学そのものは入っていないと、それを土台にした美術品的価値のもの。写本なんかはいまいちって状況がある。
大工さんの著作権の話も出ていたけれども、中尊寺金色堂はちゃんと入っている。
国家?がリスペクトしている。場所によっては入場料もある。だれが造ったかはともかく。
三田氏の発言は、そういったものも含まれているのではないかなと思うのです。
ただ、それは現行では人格権、財産権を別に論議するべきだし、なぜ出版元というのが出てきたのか、
注目しています。
文化庁に文化はなんぞやと問うなら、有形、無形なのかなんて気持ちもあるかもしれませんよ。
だから、一見支離滅裂には見えるけれども文化や文化行政を問うてるのかもしれないなぁと、
少し思います。
あなたの書いた文学は国宝になりました。(そんな国あるかどうか知りません。)
三田氏に肩入れはしませんけど、バランスとっていかないと後の人が
苦労するのはいつの時代でも同じ。と思う。
文化を残すって、法律や使い勝手でないことは確かだと思うけどなぁ。
がんばろう。と自分に言い聞かせる。