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光が音になる SOUND-LENS」記事へのコメント

  • by oltio (3848) on 2001年08月07日 16時02分 (#12118) 日記

    かつて岩井俊雄が出てたシンポジウムで (正確にはMITの石井さんがメイン)、 「音と映像の変換(あるいは他のメディアでも)というと 聞こえはいいが、デザイナーの恣意性が強過ぎて、 本当に『感覚の変換』になっているとは言い難い。」 といったような事を質問した事がありました。

    例えば、石を叩いた時の音ってのは、石(素材)の 見た目とその音は、物理現象という恣意性の 入り込まない変換であるのだが、元記事のような 試みはその変換が恣意性の固まりであり、 誰がデザインするかでまるっきりかわってしまう以上、 一般性がなく意味がない。

    その時は岩井氏は「ピアノやバイオリンの 製作と同じで、物理現象に規定されてはいても デザインの恣意性が入り込む余地があり、我々の やっているのはそういう仕事である」という返答を されてました。まぁメディアアートの領域でなら 納得できなくもないんですが、インターフェースの 研究としてはやっぱり上記の姿勢は受け入れられ ないかな。

    んで、僕もこの時念頭にあったのはコブラの 感覚入れ換えだったりしたのでした。あれは究極の 夢です。

UNIXはただ死んだだけでなく、本当にひどい臭いを放ち始めている -- あるソフトウェアエンジニア

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