言いたいことはわかるんですが、ディストリ選ぶのにわざわざ苦労の多い方を選ぶ人はそんなに多くありません。DebianはこれまでDebianに参加する人(ユーザ兼開発者)を獲得していくことで成立して来たのでしょうが、ディストリとしてone of themになってしまった場合、最初から思想に共感し積極的に参加してくれる人はともかく、「予備知識はあんまりなかったけどDebianに触れて共感した」ユーザーというのはだんだん確保できなくなっていくのではありませんか?それは開発パワーを削ぐ結果になりはしないでしょうか。woodyがこれだけ遅れているのはプロジ
宗教論争? (スコア:0)
Re:宗教論争? (スコア:1, すばらしい洞察)
リリースの遅さを冷静に分析したり、それの改善策を模索したりする動きが乏しいのはどうよ。
Re:宗教論争? (スコア:2, 参考になる)
ちなみに、リリースの遅れは、Debian 開発者のあいだでは何年も前から問題になっています。 リリースの遅れが問題であるかどうかでこんなフレームに なるなんて、ちょっと信じがたい。
リリースの遅れの原因は、過去に受けた印象の淡い記憶で言えば、 インストーラとか libc6 とかが抱える重大なバグをとるのに 手間取ったことが多かったように思います。 Debian は、開発者の数は多いけど、そういうコア部分の バグ取りができるメンバーは限られているのではな
Re:宗教論争? (スコア:0)
Debianは、Linuxのディストリとしては老舗ですが、昨今のにわかLinuxユーザからすると「何だか複雑で分かりにくい」「商用アプリケーションが対応していない」「マイナーなんじゃない?」というようにしか映っていないのでは、と思います。
一ユーザとしては、Debianはもっと普及してもいいくらいのしっかりした作り(パッケージ管理システムや強固なポリシー)をしているのに、リリースが遅れがちと
ユーザ vs 開発者? (スコア:1)
まずぼくは、Debian に限らずオープンソースの世界では、ユーザと開発者に、明確な境界線が引けるとは思っていません。たとえば、初心者ユーザが 1 で熟練開発者が 100 としたとき (逆でもいいです)、2 の位置にいる人、3 の位置にいる人、4, 5, ..., 99 の位置にいる人がそれぞれ同じくらいずついる、というイメージでしょうか。そんな場合、49
Re:ユーザ vs 開発者? (スコア:0)
Re:ユーザ vs 開発者? (スコア:1)
ここが問題なんじゃないかなぁ。
Debian ユーザの中で、リリースの遅れをゆゆしい問題だと
認識している人数は非常に少ないだろう
(問題なく Testing が使えてしまうから)。
一方、Debian を使っていないユーザ/これから使いたいと
思っているユーザは、リリースの遅れを
「このディストリビューション大丈夫?」と捉えている。
> 「いや、問題ないです。現在のtesting
# mishimaは本田透先生を熱烈に応援しています
Re:ユーザ vs 開発者? (スコア:0)
「現在のtesting(Woody)で十分安定している」
という声こそ、お客さんの声なのでは?
Re:ユーザ vs 開発者? (スコア:0)
Re:ユーザ vs 開発者? (スコア:0)
kubota氏の
Re:ユーザ vs 開発者? (スコア:0)
それで外野が納得するかっていうと全然納得しないんじゃないの?って言ってるわけですよ。
だってそのセキュリティアップデートシステムとやらににそんなにまでこだわる理由はあるのですか?
#apt-getでセキュリティも含めてアップデートできるんじゃないの?
いずれにしても普通に考えたらここで選択可能な選択肢は
1)全員で集中してセキュリティアップデートの完成を早めるよう努力する
2)セキュリティアップデートをwoodyに含めるのは中止して次バージョンに回す
3)セキュリティ
Re:ユーザ vs 開発者? (スコア:0)
インストーラのバグだったり、パッケージの不具合だったり。
多アーキテクチャ対応ゆえに発生する問題が足を引きずっているんです。
でも、アーキテクチャが多いことに因果があるならNetBSDやOpenBSDが
定期的にリリースしている以上、やはりDebian Projectでも一部の
アーキテクチャを先行リリースするなど、いくらかの妥協をしないと
同じことを言われつづるだけのように思います。
Re:ユーザ vs 開発者? (スコア:0)