◆◆◆~これまでのあらすじ はてなが任天堂に這い寄るまで~◆◆◆
このストーリーを理解するためには、まずははてながなぜ任天堂に這い寄ったかと言う話からしなければなりません。
はてな社長のじぇいこんこと、近藤社長(@jkondo)は、ニフティでブログサービスの立ち上げを担当した伊藤直也氏、ライブドアリーダーを作り上げたmala氏など人材もゲットし順風満帆でしたが、ある日 梅田望夫氏に欺され
普通の会社にはなりたくない。“変”なまま、規模を拡大していきたい。目指す姿をあえて挙げるとすれば、Googleだ。「楽しそうで、上司のグチとか言ってなさそう」だから。
と言う迷言を残して日本を旅立ちシリコンバレーに進出しました。
しかし現地でカマでも掘られたのかどうかは知りませんが米国での出来事が彼を変えました。人生観がまるでひっくり返って「なんだ子作りしに言っただけか」等と叩かれながらも米国拠点を畳んで直ぐに日本に帰国してしまいます。さらに今度は東京からもひっこんで京都に拠点を移動し
任天堂のようになりたい(略)
「アメリカから見て、任天堂は輝いていた」と近藤社長は言う。光源は「Wii」だ。」(略)
日本の京都の任天堂が、世界中をはしゃがせた。そんなふうな何かを、はてなも作っていきたい。
こうした捨て身の「(チラッチラッ」と最後に付けたくなる姿勢や、
Googleより任天堂に
ものづくり出身のトップが引っ張る、GoogleやApple、任天堂のような会社の方が好きだ。「もうかるかどうかではなく面白いかどうかが基準になる。ビジネスモデルや売り方ではなく最後はものづくり側の論理で動く会社」――はてなもそうありたいと思う。
だが日本に戻ることを決断した今、あこがれの対象は、Googleから任天堂に変わった。
まるでGoogleに這い寄るためにアメリカにいったが断られたので京都にいって任天堂に這い寄ってみましたみたいな恥も外聞もないすばらしい捨て身攻勢をするようになりました。
その過程では、はてな創立以来のメンバーや、はてブを作り上げた伊藤直也氏、mala氏などそれなりに名前が知られた技術者すら犠牲になりました。しかしそうした犠牲の上でようやくゲットした任天堂との提携、それがこのうごメモはてなとうごメモシアターでした。
◆◆◆~うごメモはてなと、はてなランド~◆◆◆
一見順風満帆に見えましたが、結局はてなははてなでしか無かったのです。
はてな村とは全く違うコミュニティを生み出したうごメモでしたが、完全にうごメモだけに閉じこもっていて、期待したほど他のサービスへの波及効果がありませんでした。また任天堂との契約でもあったのでしょう、DS/DSiと言う端末制限もあって広告もあまり載せられません。一応はてなスター経済という独特の経済圏を生み出したものの任天堂のサービスの一部という名目からあまり派手な事は出来ません。
そこで、はてなは考えてました。うごめもユーザーを引き込むなにか別のサービスを作って、生かそうと。
そうして生まれたのがこれ、はてなランド。当時は小中学生のネット利用が非常に問題になってきている時期でしたが、そんな中「小中学生向けSNS」「学校名などで繋がる」「電話番号っぽいものでもスルーして書き込める」「子どもだけじゃ無く大人も普通に入れるて子どものふりができる」「出会い系規制法ガン無視」という斬新な仕様で話題になりましたが案の定あっという間に閉鎖されました。
バグを年単位で放置、アイデア広場等と言う者を作ってだらだらと運用しているにもかかわらずアイデアをそこから一切とらない、クレームは基本無視、対応してもトンチンカンな対応ばかりというはてならしからぬ素早い対応に、村民たちは口々にこう噂をしたのです。「これは任天堂様の祟りじゃ。はてなはついに任天堂様の逆鱗に触れてしまったのじゃ」と…。
◆◆◆~うごメモはてなの崩壊~◆◆◆
村民達のこのような心配を余所に、うごめもはてなは運営され続けました。
あぁ、なんだ。怒り狂った任天堂と、DS向けのフィルタリングソフトでデフォルト遮断するぞゴラァと通告したネットスターはいなかったんだ、と村民達は安心しました。さらに任天堂の宣伝コンテンツにもじぇいこんが登場するなどしたため、村民は「ぼくら村民が全く金を落とさなくてもきっとはてなは任天堂に寄生して最低減の村機能は維持出来るぐらいの金は稼いでくれるね」と甘い考えに浸ったったりしました。そしてこの騒動は徐々に忘れられていきました。
しかしそこで来たのがこのニュースです。村民はみな愕然としました。そして悟りました。そうか、はてなはもうとっくの昔に駄目だったんだ、と…。
◆◆◆~そして伝説へ~◆◆◆
はてなはうごメモはてな以来、まともなサービスを立ち上げれていません。コンシューマ向けWebサービスの開発では、伊藤直也氏やmala氏といった尖ったエンジニアの存在は必要不可欠ですがもはやいません。何故ならばそのようなエンジニアは引く手あまたですから、普通の会社に成り下がった割りに金も無いはてなにしがみつく必要など全く無いためです。「京都→東京→米国→京都」という迷走のなかで見限ってみな出て行ってしまいました。はてなも、最近はてなしか行き場の無い人材しか来なくなったと言う事に気付いたのか、人材を集めやすい東京事務所を多額の金をかけて強化したりしているようですが、まともな成果はまだありません。
あえて言うならばはてなblogですが、これははてなダイアリーユーザのクビに真綿を巻き付け、ゆっくり締め付けることで移行を促すようなやりかたで、言わばタコの足食いのようなものです。
最近ははてなブックマークのデザインを「モダンで色彩豊かなはてなブックマーク」と称して、人間工学やUI研究、UI設計の基本などを一切無視し、色彩豊かどころか低コントラストのおされ世界に変更、ユーザのニーズなど無視した斬新なリニューアルを結構しました、一斉に反発を食らった挙げ句、動揺した等と言う世迷い言を吐いて批判を浴び、さらにmixiが衰退する原因の一つ、mixiニュースの仕掛け人と言う地雷人材がその責任者だった事から明らかになったりしています。いいから元に戻せの大合唱の中、「変え始めた以上は、「以前よりも良くなったね」と、多くのユーザーの皆さんに言っていただけるようになるまで改善をやり通したい」というコメントを社長自ら発表するなどしてmixiが脱皮するために見限られた人材であろうとも庇わなければならぬ姿勢を示し、深刻な人材不足を露呈して話題になりました。
変な会社で成長しようとして乗り込んだアメリカで何があったかは知りませんが、現在の状況はなかなかウォッチャーとしてはそそられる味わい深い展開になっています。
この先、はてなはどこから来て、どこに逝くのでしょうか。はてながこの先生きのこるには、何が必要なのでしょうか。
「増田でやれ」「貴様みたいな偏愛してるユーザがいるかぎり潰れねえよ」といった反応を想像しながら筆を置きたいと思います。