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ソースを見ろ -- ある4桁UID
逆じゃないの? (スコア:0)
これで尊い人命が救われてるんだ、
とは、思わないのだろうか?
Re: (スコア:2, すばらしい洞察)
あなたを容疑者として拘束して拷問しますが
よろしいですか? (Y/y)
っていうことですよ。
Re: (スコア:0)
犯人でない可能性があると思えば、さすがにそんなことはしないでしょう。
こいつは犯人だと間違いなく判断できるときくらいは、そういう捜査が
あってもいいと思う。
もちろん、その判断は間違ってるかもしれないけど、
そんなことを言えば、裁判官だって間違う可能性があって、
死刑にしてから間違いでしたなんてことも、可能性はゼロじゃない。
でもそういうリスクだけを見て、リスクが完全にゼロじゃなきゃいやだ、
というのもバランスを欠いている。
犯罪捜査には、いろんなツールが使えたほうがいい。さもなくば、
本当の犯人を取り逃がしてしまうかもしれないですし。
そんなことになったら、遺族は、どう思うでしょうね。
Re:逆じゃないの? (スコア:3, すばらしい洞察)
「奴は悪い奴だから、クロに違いない」というのは、その犯罪事実等に対するクロ認定への「濃厚な論拠」にはなりません。
そして、拷問の結果得た自白の内容が「虚偽ではない事実」を反映しているか否かは保障の範囲外です。
正直、混迷した事件に新犯人(真犯人ではない)が登場すれば、所謂爽快感を得ることは出来ます。当局なら、メンツも保たれるでしょう。新犯人を作り出すのに拷問という手段は手っ取り早く、効率的な手法だとも思います。
「もしかして自分も身に覚えの無い事実により拘束、拷問を受けるかもしれない」という想像力を社会が失ったとき、暗黒の社会に再び舞い戻るのでしょう。戦争もしかり。
てなことを学校の社会科などで習った気がするのですが、これもゆとり教育の弊害?