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国産のNOWSMART 386-OSが暫定公開」記事へのコメント

  • ざっと仕様とかスクリーンショットとか改良指針とか主張とか掲示
    板とかを見てみた。

    熱意とか「頑張ってるね」とかは認められるが、前途多難だろうと
    思うし、哲学的にはちょっと問題ありとも思うし、技術的に素人か
    と疑わせるような記述が多々あり、不安でもある。

    仕様について

     結局、これは何なんだ。GUI付きMSDOSかな。初期のBe
    OSか。X11R2程度のものか。
     何に使えるのか。Windowsフリーなシンプルデスクトップか。機
    器組込み用軽量GUI付きOSか。
     こんなOSでも、PC上で動きますという個人的コレクション用
    だろうか。

    オープンソース批判について
    • 結局のところ、本当に実用になる OS を作ろうと思うならば、それなりに人数を確保しなくてはならない。一人でできることは限られているからね。

      Microsoft のように十分な財力があるのならば、その金で人を雇うことができるが、そう

      • by Anonymous Coward
        >クローズドソースでも十分な協力ができる? 無理でしょ。ソースなしでデバッグができますか?

        別にクローズドソースだからって開発者にソース配布しないって意味じゃないのではは無いでしょうか?
        「ク

        • それも中途半端。「正式な開発者」 にならなくても、ユーザが、「ちょっとここだけ改良したいんだけどなあ」 といってちょこちょこっと作業して、 その成果をパッチの形で開発者に送る、 なんてことは、よくあること。 そういう人は、「開発ボランティア」 に含まれますか?

          もし含まないのなら、オープンソース方式より この点では劣っていると言わざるをえないし、 もし含むのなら、すべてのユーザが潜在的に 開発者になる可能性を持っ

          • by Anonymous Coward
            にした処で,別にオープンソースである事に拘る必用は無いのでは?
            例えば仕様の指針なんかは個人なり一個団体に依った方が統一感を持って進めるってのも確かですし、船頭多くしてなんとやらってお話も多いですし。
            厳密な管理をしたいのであれば、開発者個々に守秘義務を負わせた契約を科しても良いわけだし。
            それ以前に個人で作ったものであれば、それをどう扱うかは自由だし、その方針が それ以前に、自分が自力で作ったものに対して自分がイニシアチブを取りたいと考えるのは悪い事なのでしょうか?
            また、将来的に金を
            • それ以前に個人で作ったものであれば、それをどう扱うかは自由だし、その方針がそれ以前に、自分が自力で作ったものに対して自分がイニシアチブを取りたいと考えるのは悪い事なのでしょうか?

              そんなの、あたりまえのことです。自分の作ったものは自分の自由にライセンスを設定できます。というか、オープンソースにしたってフリーソフトウェアにしたってシェアウェアやフリーソフトにしたって商用ソフトウェアにしたって、すべて、「自分の作ったもののライセンスは自分の自由に決定」した結果ですよ。

              ぼくは、NOWSMART に対する批判は一言も書いていません。開発者とユーザを区別して、開発者だけにソース [srad.jp]

              •  上のACさんとは別人ですが、ちょっと興味のある議論をされているようなので、横から失礼します。

                 わたしは「バザールモデルによるクローズドソース開発」の意義と手法に興味を持っていますので、ちょっと考えてみました。

                 なにか理由があってソースを手放せないけれど、周りの協力を得たい場合が有るとします。
                 普通に考えてこれではただの身勝手ですので(笑)、協力者への感謝の意は(報酬も含めて)なにか用意するものとします。

                 この状況で開発者を募集するとして、これはここで話題となっている「開発ボランティア」には含まれませんか?

                 とりあえず、
                --
                  --- Melloques Les Covdrasey ---
              • 「ちょこちょこっと開発」をやりたい人の存在を認知し、その上でそういう人たちを排除するのなら、それはそれでひとつのやりかただと思います。ただし、そういうやりかたで、どこまでの協力を得ることができるか、疑問ではありますが。というのは、そういうやりかたのもとで、「協力したい」と申し出る人は、どういう人だろう、というのが、ちょっと想像がつかないのです。

                ちなみに、バザールモデルですが、esr の「伽藍とバザール」では、伽藍 = GNU、バザール = Linux (Linux カーネル)、という対比となっています。ぼくがこれを書く理由は、単に言葉の誤用を指摘するだけではなく、オープンソース (GNU の言うフリーソフトウェアとほぼ同義) であってもバザールモデルでない (つまり、伽藍モデル = 少数開発者だけによる、首尾一貫性を重視する開発スタイル) こともありうる、ということなのです。

                親コメント
              • > そういうやりかたのもとで、「協力したい」と申し出る人は、どういう人だろう、というのが、ちょっと想像がつかないのです。

                 確かに。(笑)
                 そこがネックですよね。

                 つい最近まで この手法は現実的でないと考えていたのですが、Operaの日本語翻訳作業に(再び)参加する人達の動向を小耳に挟んで、「場合によってはアリなの?」と驚いた次第です。

                 まあ、一般的には成り立たない関係かもしれませんが、「協力したい」と思ってもらえる動機作りができれば、クローズドソーズ開発のモデルのひとつになり得るかもと思いまして。

                # ちなみに、わたしはオープンソース肯定派です。
                # クローズドソース否定派でないだけです。

                > 「伽藍とバザール」では、伽藍 = GNU、バザール = Linux (Linux カーネル)、という対比となっています。

                 ひえー。そうでしたか。(恥)
                 随分むかしに読んだっきりですので、そんなことすら忘れています。
                 ご指摘ありがとうございます。

                > オープンソース (GNU の言うフリーソフトウェアとほぼ同義) であってもバザールモデルでない (つまり、伽藍モデル = 少数開発者だけによる、首尾一貫性を重視する開発スタイル) こともありうる、ということなのです。

                 なるほど。
                 「ソースをオープンに出来るか?」という一点を突破できれば、やり方は色々有るということですね。
                --
                  --- Melloques Les Covdrasey ---
                親コメント

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