パスワードを忘れた? アカウント作成
この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。

自動ライン判定など、スポーツの機械判定に警鐘」記事へのコメント

  • ホークアイと言えば、昨年のウィンブルドン決勝でのフェデラーのお怒りが
    有名ですけど、導入から1年経って、その確実ではないという部分を含めて
    納得されてきているように見受けられます。

    選手が判定をホームアイでチェックするチャレンジは1セット3回までと
    回数が制限されているので、選手としても毎回チャレンジするわけにはい
    きません。そのため、どういうタイミングでチャレンジ権を行使するか
    という点が新たな駆け引きの要素になっていて、見る側の楽しみの
    ひとつにもなりつつあったりしますね。
    • どういうタイミングでって、もちろん"審判の判定に納得がいかなければ迷うことなく直ちに"でしょう。
      アメリカンフットボールのタイムアウトなどに代表される積極的な権利の行使は
      "ここぞ"というときのために温存しておくのは有効な作戦ですが、
      "再びあるかどうかもわからない審判の疑惑の判定"のためにチャレンジ権を温存するのは愚の骨頂です。

      "この審判は次も絶対に誤審まがいの判定を下すぞ"と確信してプレーを継続するなんていうことは、
      プレイヤーも観客も不幸以外の何物でもない体験ということになってしまいます。
      • by Anonymous Coward on 2008年07月01日 21時24分 (#1374457)
        そういう考えのプレーヤーももちろんいるでしょうが、テニスのような1対1で
        戦うゲームはメンタルが与える影響が非常に大きいんですね。たとえば、
        相手がイライラしやすいタイプで、ミスなどをきっかけに相手がイライラしてきた
        ところで追い打ちを掛けるようにチャレンジするというような使われ方もされます。
        仮にチャレンジが失敗しても、相手が冷静さを失う(チャレンジしたことに怒るとか)
        ということもあり得るわけです(神経質なプレーヤーは特にそうなりやすいでしょう)。
        もちろん、チャレンジに成功すれば相手に与える精神的ダメージが大きい。
        心理への影響を考えて使うという感じですかね
        親コメント

アレゲは一日にしてならず -- アレゲ研究家

処理中...