Technoboseのコメント: Re:日本語 (スコア 5, 参考になる) 205
>「飯」とか「風呂」で正しく動作した時代は既に過去・・・
社会環境の変化に伴いオブジェクト指向から手続き型へ移行しつつあるのです。
アナウンス:スラドとOSDNは受け入れ先を募集中です。
>「飯」とか「風呂」で正しく動作した時代は既に過去・・・
社会環境の変化に伴いオブジェクト指向から手続き型へ移行しつつあるのです。
データ収集目的のβ版で、何かやらかされたら困る作業をしないで下さい。
こんな事すらわからない人が多すぎる……。
「飯」とか「風呂」で正しく動作した時代は既に過去・・・
株式会社インターフェースで88-Basicライクなi99-Basicというのをだしてますね。
同社の製品のみでしか動かないようですが、こういうのがあれば新しいシステムでも使われ続けるでしょうね。
N88-Basicって、昔から製造設備を自前で作っているような工場では結構重要な言語だと思いますね。直接、IOを操作できたり、動作がシングルタスクなので制御しやすいとか単一目的のメカトロには使いやすい言語ですので。
業種などによっては、N88の資産(スキルやソフト)を活用しつつ現代化もはかれる開発環境が必要とされていると思います。
「デフォルトポートで使うような情弱人」よりも、ポート番号を変えたり、バナー情報を消したりしたぐらいでセキュリティ対策をやったような気になっている自称情強人の方が厄介です(機械的な攻撃を防げる場合があることから、ポート番号の変更はやらないよりはマシ程度の効果はありますが……)。訳のわからん脆弱性検査ツールを使って、「『バナー情報』という脆弱性が発見された」と騒ぎ立てる人は、クラッカーよりも厄介な人種と言えます。それを根拠に契約を迫ってくる某セキュリティ対策会社は詐欺師のようなものです。
話が逸れたのでポート番号の話に戻しますと、「銀行の暗証番号も4桁なんだから、より安全な5桁のポート番号(例: 34195)は簡単に破れるはずが無い」という主張を耳にした際には、空いた口が塞がりませんでした。
ポート番号を暗証番号として秘匿するようなことをせずに、ファイアウォールレベルで当該ポートに接続できるIPアドレスを限定した上で、パスワード認証を全体的に禁止して公開鍵認証でのログインに限定するのが望ましいです。下手にデフォルトポートを弄ると、クライアント側のファイアウォールの設定変更が必要になったりと、管理が大変になります。
ノーベル平和賞受賞者
1973年 - ヘンリー・キッシンジャー(アメリカ合衆国)
1974年 - 佐藤栄作(日本)
1975年 - アンドレイ・サハロフ(ソビエト連邦)
1977年 - アムネスティ・インターナショナル
1978年 - アンワル・サダト (エジプト)
1979年 - マザー・テレサ(インド)
1983年 - レフ・ワレサ(ポーランド)
1984年 - デズモンド・ムピロ・ツツ (南アフリカ)
1988年 - 国連平和維持軍
1989年 - ダライ・ラマ14世(チベット亡命政府)
1990年 - ミハイル・ゴルバチョフ(ソビエト連邦)
1991年 - アウンサンスーチー(ミャンマー)
1993年 - ネルソン・マンデラ、フレデリック・デクラーク(南アフリカ)
1994年 - ヤセル・アラファト(パレスチナ)、シモン・ペレス (イスラエル)、イツハク・ラビン(イスラエル)
1997年 - 地雷禁止国際キャンペーン 、ジョディ・ウィリアムズ(アメリカ合衆国)
1999年 - 国境なき医師団
2000年 - 金大中(韓国)
2001年 - 国際連合、コフィー・アナン(国連事務総長)
2002年 - ジミー・カーター(アメリカ合衆国)
2005年 - 国際原子力機関 、ムハンマド・エルバラダイ(エジプト)
2006年 - グラミン銀行、ムハマド・ユヌス(バングラデシュ)
2007年 - 気候変動に関する政府間パネル、アル・ゴア(アメリカ合衆国)
2009年 - バラク・オバマ(アメリカ合衆国)
2010年 - 劉暁波(中華人民共和国)
2012年 - 欧州連合
挙げれば切りがないけど、平和賞に関しては政治的な意図があると昔からいわれています。
仲良くさせるために紛争当事者の代表二人に授与、その後決裂というのもお約束。
反体制派が受賞して新たな紛争の種になったり、国際的な機関に授与してお墨付きを与えたり。
国境なき医師団などは赤十字のような医師団を受け入れないような国に土足で入り込む連中、、といったら怒られるかな?
でも、受け入れ拒否された国の情報機関や外交機関にとっては良い情報源となるし、情報を流すことで先進国と持ちつ持たれつだったりする。
まあ医師団を受け入れ拒否する時点でロクな国ではないのだろうけど、新たな火種の元となっていることは確か。
Webmin は、Unix 系 OS のアプリケーションのテキストベースの「設定ファイル」(主にサーバ公開目的)を GUI から書き換えるアプリケーションですが、設定ファイルを直接書き換えるスキルが無い初心者にしか役に立たない代物です。VPN を借りてまずやることは、Webmin のアンインストールですね。
勿論、Webmin は既存の設定ファイルの内容を上手に解析して上手く書き換えるよう最大限の努力をしていますが、比較的自由な書式・順番で記述できる設定ファイルを、人・プログラムの両方で書き換えるという仕組み自体に無理があります。
デフォルトの設定ファイルを Webmin から書き換えるだけならまだ良いですが、自分で書き換えたファイルを Webmin から GUI で書き換えると、設定ファイルの真ん中らへんの記述がコメントアウトされ、その代わりの記述がファイルの最下部に追加されるようなことになったり、自分が直接コメントアウトされた設定項目に対して新たな項目が作られて二重に記述されている状態になったりと、設定ファイルの可読性がどんどん失われていきます。
アプリケーションのアップデートへの Webmin の対応が遅れると、当然ながらきちんとした設定ファイルの作成を Webmin からできなくなりますし、不具合が起きたら Webmin から作成したゴミだらけの設定ファイルを解析しなければなりません。これは、他人の書いたスパゲッティーコードを解析するぐらい不快な作業です。
従って、一見便利そうに見えても Webmin は使わずに、リファレンスやドキュメントなどを読みながら、自分で設定ファイルを直接書き換えることをお勧めします。Webmin が無ければサーバを構築できない人は、Webmin だけでサーバを構築しても脆弱性などにより他人に迷惑がかかることが想定されますので、まずは勉強から始めるべきです。
むしろ、イスラム内部での自浄作用を期待したいところだけどね。
イスラム国に志願しようとした北海道大学の学生を仲介した中田考氏のインタビューを読むと、彼は周りに与える影響を度外視して(あるいは日本政府の寛容さを過度に期待して)、純粋なコーラン・イスラム法解釈を行おうとしているけれど、これは本当に危険なことだと思う。これは、まさに、字面通りの意味で原理主義的で、キリスト教風に言えばエヴァンゲリスティックな態度だ。しかも、言葉を濁すことによって、信仰にも日本社会にも不誠実な態度をとり続けている。
聖書にもコーランにもイスラム法にも(もちろん払いたまえや仏典にも)誤りはある。そこを乗り越えられない宗教は現代的な国際社会にとって邪魔者になることを余儀なくされる。ヨハネパウロ2世がガリレオの名誉を回復して、はじめてカトリックは現代的な宗教となった。今、求められているのは、わだかまりを捨ててマララ・ユサフザイ氏を受け入れるイスラム指導者なんだろうけど、パキスタン政府にも、イスラム国にも、他のどのイスラム社会にだって、そういう用意があるようには見えない。カリフがどうした、といった言葉遊びに終始している。
親族縁者に忌み嫌われて、いつもコンソールにひとりぼっちのAerospaceCadetは、
人身御供で御嶽山の新噴火口に投げ入れられてきたほうが、世のため人のためアレゲのため。
「毎々お世話になっております。仕様書を頂きたく。」「拝承」 -- ある会社の日常