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「新型うつ病」は詐病ではないとたいていの精神科医が言っているはずですが、どうしてそれを受け入れない人が大勢いるんでしょうかね。
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身近な人の偉大さは半減する -- あるアレゲ人
「鬱病じゃ無い」が免罪符になってますね (スコア:5, すばらしい洞察)
大切なのは、この症状は鬱病では無いものの治療は必要なことです。
- 無理矢理職場に引っ張ってくれば治療できるのですか?
- 首にすれば治療できるのですか?
かえって症状が酷くなったりしませんか? 皆様の書き込みを見ていると、- 鬱病 → 治療
- 人格障害 → 社会から抹殺
と言っているようにしか見えません。この違いは何なのでしょうか。このような人を社会はどのようにして受け入れるべきかを考えるのが生産的だと思います。
Re: (スコア:0)
旧来の鬱病なら、本人には責任がないので、社会の側で受け入れる必要がある。
でも、単なるサボりなら、本人の責任なので、競争社会である以上、おちこぼれてもらうしかない。
でないと、みんなこぞってサボるようになってしまって、社会が立ちゆかなくなる。
「新型うつ」については、まだよくわからない。単なるサボりなのか、病気なのか。
「新型うつ」という名前が付いてると言っても、それは症状に対する名前であって、
病気に対する名前ではない。
とりあえず研究を進めてもらって、客観的に、病気とサボりとの区別をつけてもらわないと。
Re: (スコア:0)
「病気らしく見えない」「病気であってほしくない」「病気であるはずがない」というところでしょうか。
否認のメカニズムが他人の病気についても働いているようにも見えます。興味深いですね。
Re:「鬱病じゃ無い」が免罪符になってますね (スコア:0)
なによりもそれは大昔から「金持ちのボンボン病」として存在していたから。
全然新型ではないし、原因も治療法もはっきりとわかっている。ただし「医者がどうにかできる問題ではない」と言うだけの話だ。
1) (成果ではなく)努力とか態度を評価され続けてきたため、努力をすればいいと思っている
2) どうすれば評価されるのか、その方向性が判っていない
3) 明らかに間違った方向に(マイナスとかプラスではなく評価軸と直交した方向に)全力で努力している
という3つの勘違いに基づく、一種の燃え尽き症候群に過ぎない。
これらを正さない限り、症状は治まらないし再発しやすい状態のまま。
.
治療には「価値基準の書き換え」を必要とする。
a) 評価される方向に活動しない限り評価されない事を理解させる
b) 仕事は成果で評価される事を理解させる
c) 最小の努力で最大の評価を得る事が最も重要である事を理解させる
d) 長期戦略に基づかなくてはいけない事を理解させる
e) その上で、自分の持っている価値基準と仕事の成果の価値基準が合致しないならば、職種を変える(転職する、と言う意味とは限らない)。ただし、その場合、自分の価値基準が明確に他人に説明できるようにしておく。
という5つを大前提として理解させなくてはいけない。
というか、こういう一番大事な部分を学習しようとせずにのんべんだらりとその場その場の状況に対応してきた、と言うこと自体「サボり」の一種だし、それで足りてしまう環境がずっと続いてきた事こそが問題の真因。
だから医者には治せない。