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「仕事中はうつだが、それ以外は元気」という新型うつ」記事へのコメント

  • 「鬱病は病気だから患者を責めてはならない」という認識が知れ渡っています。しかし、今回の例では「鬱病じゃない」ということで、ここの皆さんは軒並み強気にでてますね。「鬱病じゃない」が免罪符になって皆さんの本音をあぶり出しているように感じます。本音では鬱病患者に対しても同じことを思ってませんかと邪推。

    大切なのは、この症状は鬱病では無いものの治療は必要なことです。
    • 無理矢理職場に引っ張ってくれば治療できるのですか?
    • 首にすれば治療できるのですか?
    かえって症状が酷くなったりしませんか? 皆様の書き込みを見ていると、
    • 鬱病 → 治療
    • 人格障害 → 社会から抹殺
    と言っているようにしか見えません。この違いは何なのでしょうか。
    このような人を社会はどのようにして受け入れるべきかを考えるのが生産的だと思います。
    • どのように治療するのか?
    • どのような生活の場を与えるべきか?
    • by Anonymous Coward on 2008年08月17日 0時14分 (#1404899)
      鬱病も人格障害も社会から抹殺で誰も困らないとおもうが?
      親コメント
      • by Anonymous Coward on 2008年08月17日 0時43分 (#1404917)
        > 鬱病も人格障害も社会から抹殺で誰も困らないとおもうが?

        こういう性格やものの考え方って伝染しますよね。

        わたしもつい、#1404899みたいに自分勝手な連中は抹殺されてしまえばいいのにと思ってしまいました。
        情けない。
        親コメント
      • by Anonymous Coward
        病気ですので、自分も罹患する可能性があるということを忘れずに。
      • by Anonymous Coward
        他の方も書かれていますが、立場の互換性を考えるべきでしょう。
        社会保障というのは、いつか自分もそれを受ける立場になる恐れがある、
        という点から発する、相互扶助の一環であるという認識を持つべきと思いますね。

        まあ、それを除いても、
        これらの症状が、発症者にのみ内在する要因から発症するならともかく、
        それを生み出す要因が社会や会社の側に存在するのであれば、
        対症療法(あなたの言う抹殺、という手段です)では単なる人間の使い捨てであり、
        同じことが何度となく繰り返され、無為に労働人口が摩耗されるでしょう。

        社会のリスクを低減する為には、それがいかなる要因によって生じるのか究明し、
        その要因の排除と、発症した人間の回復手段を確立する、というのが本筋であるように思いますね。

        また仮に、発症者のみに内在する要因であるならば、
        すでに育ってしまった人間のケアをどうするかはともかくとしても、
        そういった要因を生み出さない、あるいは早期に対処するような教育手法を求めるべきでしょうね。

アレゲはアレゲを呼ぶ -- ある傍観者

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