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クラックを法規制強化で止められると思ってる奴は頭がおかしい -- あるアレゲ人
「鬱病じゃ無い」が免罪符になってますね (スコア:5, すばらしい洞察)
大切なのは、この症状は鬱病では無いものの治療は必要なことです。
- 無理矢理職場に引っ張ってくれば治療できるのですか?
- 首にすれば治療できるのですか?
かえって症状が酷くなったりしませんか? 皆様の書き込みを見ていると、- 鬱病 → 治療
- 人格障害 → 社会から抹殺
と言っているようにしか見えません。この違いは何なのでしょうか。このような人を社会はどのようにして受け入れるべきかを考えるのが生産的だと思います。
「鬱病」が免罪符になってますね (スコア:0)
労働者が雇用者に対し、一致団結し福利厚生を求めるのもありだ。
これはそれらの団体から勝ち取ってある権利であるから。
だが一個人が、他の一鬱病者に対して苦言を呈する事も当然ありだと考えている。
何故なら、個人個人はそれぞれが時には協力し、時には競争して限りある富を分け合い・奪い合っている。
鬱とはいえ、協力も競争も出来なくなった者が、しかし富は分け与えられている。
健常者からすれば、これはこれで理不尽に思える事なのだ。
こんな理不尽な事に耐えられるのは、仲間(家族・友人)が鬱病であるか
ある程度裕福な状態にある人くらいなんじゃないか?
大病・鬱病になったら、のたれ死ぬしかないような生活レベルの者も当然おり
それらからすれば「鬱病?なら死ぬしかないね」と言いたくなる。
こういうと鬱病の人が私の周りにいないから、と思われるかもしれないが
兄弟が鬱病で、親の財産を食い潰している。
それでも働きもしない人間はさっさと飢え死ねばよいと思っている。
鬱患者に対し、周りの「仲間」が優しくしなければならないという事を
周りの「他人」が優しくしなければならないという常識に挿げ替えようとするのは
やめて欲しい。
Re:「鬱病」が免罪符になってますね (スコア:2, 興味深い)
>周りの「他人」が優しくしなければならないという常識に挿げ替えようとするのは
>やめて欲しい。
ここは、非常にバランスがとりにくい箇所だと思います。
根本的に、「うつ病」という診断がつくと、こういう対応になっちゃうのは、
ある意味仕方ないんですよ。それは、接し方を知らないし、わからないから。
そこで、患者が「これを言っちゃダメ」「こうしなきゃだめ」と、周囲に
制限を加えていくようなことをすると、次第に避けるようになってきます。
まさに「腫れ物に触らないようにする」という対応です。
特に「がんばれ」と言ってはならない、というのが、ほぼ常套句にのように
言われています。実際に、うつ病患者に「がんばれ」というのは、必要以上の
プレッシャーになるといわれていますが、患者自らが周囲に「がんばれって
言っちゃダメなんだよ」っていうのは、違和感を感じます。
特に毎日接する家族が、そういう状態に置かれると、結果的に患者は「放置」
されてしまうことになります。それを是正するものは、そこには存在しないので、
いつまでたっても状況が変わらなくなってしまうのです。
それを打破するには、周囲がその殻を破って、本人と話をしてみなければならない
と、私は思っています。病気だから医者に任せておけばいい、というのは非常に
甘い考えで、本当であれば、家族や周囲の人が病院に一緒に行き、医師と、
どのような環境づくりをすればいいかを、考えていくのが理想ですが・・・
難しすぎますね。