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UNIXはシンプルである。必要なのはそのシンプルさを理解する素質だけである -- Dennis Ritchie
うーん、どうなんだろう (スコア:1)
や、本当に必要なのはカウンセラーと坊さんなのはそうだと思います。
ですが刑事手続き自体や民事の証拠保全制度が証拠開示の契機として運用されている現状では(と言っても教科書からの知識ですが)、「真実」を担保する機能が裁判にはあると考えます。
まあこの情報の偏在を正すのは司法ではなくリンク先で仰られている第三者機関であるのが望ましいのでしょうね。
又被害者は刑事手続きの当事者ではありませんが、事件の当事者ではあります。
司法での主体性を認めねば、無用の二次被害につながりかねませんし、それは加害者による被害者への救済にも繋がる。
やっぱり今まで被害者を無視してきたことの反省が逆に行き過ぎてるかな?
Re:うーん、どうなんだろう (スコア:1)
あと言葉の定義の問題かもしれませんが、裁判で出てくる/出すべきなのは「真実」ではなくて「事実」だと思います。「真実」は哲学か宗教の領域になってしまうので。
署名スパムがウザい?アカウント作って非表示に設定すればスッキリさ。
Re:うーん、どうなんだろう (スコア:1)
被害者は「忘れられた人」と言われるほどで、つい最近までは単なる証人でしかなかった。被害者としての独自性が云々されるようになったのは、90年代に入ってから、セカンドレイプなんかが世で問題になってからですね。法制度としては事件がどのように処理されたのかが分からない、大きな意味での不起訴処分は覆らない(桶川事件とか)、傍聴も一般人扱い(それに喪服の問題とか)、証人として出ればお礼参りの危険もあったしまず加害者の前に出るのが被害者にとって苦痛であることもあった。実務では先にもう少しまともな運用がなされていたようで、最近の法改革は制度を実務にあわせたものですね。
そういうわけで司法の場では、被害者は必要最小限の出番すら取れていないのではないかという反省がなされています(まあこの現状も以前の制度の反省で生まれたものなのでしょうが)。
私には諸氏方はむしろ司法の場以外での弊害を懸念されているように見受けられます。そちらでは表現の自由なども絡んで対処(加害者の人権保護)が難しいのでしょうが、それで司法の場での被害者の立場を抑制的にするのは筋が違うのではないかと思うのです。
というかマスコミの問題?
Re:うーん、どうなんだろう (スコア:1)
少なくとも私はそうですね。被害者が表に出てくる時は必ずその裏に政治的意図を持った人達がいるような印象を受けるので。司法、特に最高裁は立派な政治の場と言えばその通りなんでしょうけど、第一に考えるべきの被害者の救済はいつの間にかどこかに行ってるような気がします。
被害者じゃなくて加害者の側な上に例としては極端ですが、光市母子殺害事件なんかまさにそれではないでしょうか。
>というかマスコミの問題?
一緒になって煽ってますからねえ。
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