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UNIXはシンプルである。必要なのはそのシンプルさを理解する素質だけである -- Dennis Ritchie
チャットとディベートが問題なんじゃなくて (スコア:1)
これは,私が時々引用している『インターネットの心理学』でも使われているので,おそらく社会心理学の用語でしょう。この二つ,聴衆を意識した発言(パブリックトーク)と,そうでない友達同士でするときの会話(プライベートトーク)の使われるべき場所の違いのようななものです。
さきほどのでいえば,
チャットは,プライベート・トーク。でもって,
ディベートは,パブリック・トーク。この2つの違いですね。
けっこう説明が難しいのですが・・・たとえば。
たとえば,雑談でも,聞いてて楽しいやつとか面白い奴ってあるでしょう。
だから雑談がいけない,というのではなくて,もすこし,読者も楽しめるものにできないものか?
というあたりが,まあ,主旨なんではないかと思う。
でまあ,だれでも自意識があるから,好むと好まざるにかかわらず,読者のことは意識してるものだし,「荒らし」も逆のいみで意識しまくってる。
とはいっても,意識してしまうと逆に固くぎこちない文章になってしまったり沈黙してしまうってのは,まあ,これまた自然なこと。
おまけに,スラッシュ・ドットってのは,このオーディエンスをモデレーションによって強く意識させるのが特長なんで,うっかりすると自意識過剰になりがち。
だから,けっきょくは『雑談』なんよ,と気楽に構えたほうが良い結果が出るのかもしれません。
で,これをサラっとできる人ってのは,実際はなんらかの形で,トレーニングした人と思う。たとえば,G7さんみたく毎日多量のコメントを書くとかして。
だから,誰でも出来るってことではないので,どうするかっていえば,すこしずつ定期的にコメントしてカルマの積み立てでもしてみる。というのが,いちばん近道なんではないかと。
あとひとつ。
話しがかみ合わなかったり,「コミュニケーションに絶望」してしまったりすることは,よくある。というかネットに深くはまると必ずぶち当たる壁かもしれない。
こういうときは,いくつか方法があるのですが,
ひとつは,理解してくれる人をとっ捕まえて,そいつだけに解かればいいと,範囲を限定する方法:
万人にわからせるより,一人に伝わるようにする。全員がわかるってのは,そもそもムリなんだし。この「コミュニケーションの限界」を受け入れるってのがポイント。これで,けっこう楽になります。
もう一つは,「自分が理解されない」と考えるのではなく,「相手を理解してない」と見方を変える方法:
つまり,「理解させよう」とするんでなくて「理解しよう」とするように意識を持って行くわけです。これはけっこう難しいんですが,成功するといわゆる「素直な質問」てのを相手に投げられるようになって,はじめて「コミュニケーションが成立」するようになる。
ま。私もこれは苦手なんですけれども。
とりあえず,読者のある『雑談』なんで,おだやかな文章にしたいよね。なるべく。
斜点是不是先進的先端的鉄道部長的…有信心
Re:チャットとディベートが問題なんじゃなくて (スコア:1)
しかしわたしが述べていたのは/.Jシステムの特性とそれを生かす使い方の問題であって、中で交わされる雑談の内容に踏み込んだものではありません。
くどくなりますが敢えて繰り返させていただきますと、/.Jがどうあるかは参加者の行動の総体として現れます。つまらないタレコミを莫迦編集者が嬉々として採用、厨房コメントが大量につくのが/.Jなら、それが/.Jです。中身に関して参加者のわたしが文句を言うのは、天に唾する所業でしょう。しかし、例えばタレコミニスト養成講座は/.Jの中身ではなくシステム (仕組み) の話であり、うまくシステム上で中身が回るように整える事は編集者の務めの一環です。今回の苦言もその一つです。