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「全部よこせ」を主張する相手に
「全部よこせ」の「全部」を定義してもらえますか?FSFが要求したことはあなたの言う「全部」とはだいぶ違うかもしれませんよ?
GPLライセンスは一方的に100%の服従を求め、妥協や調整など話し合いによる解決という一般社会の常識が通用しないのだから。
FSFはCiscoがGPLに違反してFSFの著作権を侵害しているのを知ったにもかかわらず、侵害状態を解消する方法、今後再度侵害しないための方法について話し合いを持ったんですが。非常に常識的でしょう。
普通の人や企業がGNUの関係は、最低ひとつの製品
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※ただしPHPを除く -- あるAdmin
いつものように (スコア:-1, フレームのもと)
GNUやGPLにかかわるなとは前からいっている。 (スコア:-1, フレームのもと)
「全部よこせ」を主張する相手に一般企業のような話し合いでの調整など無理だと何度いえば...
GPLライセンスは一方的に100%の服従を求め、妥協や調整など話し合いによる解決という一般社会の常識が通用しないのだから。
普通の人や企業がGNUの関係は、最低ひとつの製品ラインを完全に放棄しても良いとするか、一切関わらないの二者択一であることを肝に銘じるべき。
Re: (スコア:5, すばらしい洞察)
「全部よこせ」の「全部」を定義してもらえますか?FSFが要求したことはあなたの言う「全部」とはだいぶ違うかもしれませんよ?
FSFはCiscoがGPLに違反してFSFの著作権を侵害しているのを知ったにもかかわらず、侵害状態を解消する方法、今後再度侵害しないための方法について話し合いを持ったんですが。非常に常識的でしょう。
# For man might be free./人は自由になれるかもしれないから。
Re: (スコア:-1, 荒らし)
断る。
> 今後再度侵害しないための方法について話し合いを持ったんですが。非常に常識的でしょう。
無茶な二者択一は常識的とは言いません。
それともあなたは、「金を出すか命を出すか」を要求する強盗の言い分を常識的というのか?
> ライセンスを読んで、自社のビジネスモデルと合わない場合は採用せず
現実社会に存在する企業にとってはほぼ自社のビジネスモデルと合わないのでかかわるなと前からいっている。
なお、「他に影響しない範囲で」販促物を未来永劫ただで配るような場合は良いのは前記のとおりだ。
そんな二者択一で営利目的の企業で後者はめったに採用されない。
> 社内でGCCやEmacsを使うことすらできなくなって、損しますよ。
うは... ここらが真髄
Re: (スコア:0)
常識的に盗人と呼ばれるべきなのは契約を無視して人の成果物で金儲けした方だと思うがな。 例えもめちゃくちゃで常識以前の問題だよ。
Re: (スコア:-1, 荒らし)
誰がその部分について反論している?
#信者は神の声が聞こえるらしいが...
> 常識以前
だから、一般常識と違うGNU関連の問題を討議しているつもりだ。
非常識なやつらとは関わるなと。
Re: (スコア:4, すばらしい洞察)
フリー --「使っていいからコードよこせ」
どちらを選択するかはユーザ側にあるんだから、シスコの「使わしてもらってるけど金もコードもやらんよ」はとーらんでしょ。
すくなくとも法治国家の中で使う場合、契約ってのは一定の拘束力を持つんだから。
ん? 俺、今何か言った?
Re: (スコア:0)
「使っていいからコードよこせ」の方も、状況や事情によって一部の不完全なコード公開だけで済ませられるようなオプションを用意すればすべて丸く収まるんじゃないかな?
Re: (スコア:0)
考え得る状況や事情によってライセンスをあらかじめたくさん用意しとくのは単に著作者側の手間が増えるだけじゃん。
(まあ、「状況や事情」を包括的に考えてデュアルライセンスみたいにしてる場合もあるけど)
Re: (スコア:0)
有効なの?
それができるなら「GPL汚染」なんて汚い言葉は生まれないと思うのだけど。
実際にGPLを採用してるもののうち、どれだけが自己の意思で選択したのだろう。
GPLが嫌ならその成果物は組み込まなきゃいい、という単純な意見は、車輪の再発明をせよ、に等しい。それは本当に自由なのか?
GPLを採用した成果物に対する敬意を表しながらも、自己の成果部分にはその効果が及ばない仕組みが確立してないと、不自由きわまりない気がするよ。
Re:GNUやGPLにかかわるなとは前からいっている。 (スコア:0)
GPLがなぜ作られたかをちょっとは知ってたらこんな発言はしないよ。
GPLの本質は自分が与える自由を相手が他人にも与えることを強制するというもの。
そういう強制性を嫌ってBSDライセンスもある。
だから、
>GPLが嫌ならその成果物は組み込まなきゃいい、という単純な意見は、車輪の再発明をせよ、に等しい。それは本当に自由なのか?
だけれど、まず最初に言ったようにGPLは決して「何でも自由」ではない。(GPLの掲げる)自由を強制するもの。
皆がその強制を受け入れることでソフトウェアの自由は促進すると考えている。
それとGPLソフトのうちいくつかは車輪の再発明であることをまったく厭わず作られてる。GPLの掲げるソフトウェアの自由のために車輪の再発明をしたんだよ。
それなのに自分の勝手な都合でそのライセンサーの意思を無視したいって言うの?どれだけ横暴なのさ?