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「天才」はもう現れない?」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward
    引き合いに出して失礼かもしれないけど、モーツァルトとか、加藤九段とか、長嶋茂雄とか、天恵を持っている人はどこか他の面でいびつな面を持っていることが多いんじゃないかと思う。
    歴史の中に埋まってしまえばその業績だけを見て「偉大だった」で済む話でも、周囲にとってはたまったものではなかったりすることもあるんじゃないかな。
    そういういびつな面を矯めず殺さず才能を育てる素地が、今の社会には欠けていないか?という指摘をしたい。
    パトロンだとか、サロンだとかいうものがうまいこと機能すれば、まだ伸ばせる才能はあるんじゃないか。
    20世紀に崩壊した共産主義国家の成したいろんなことのうち、そういう個人の才能を素直に育てる教育があったことだけは評価したいとおもうんだよね、個人的には。
    • by Anonymous Coward on 2008年12月16日 19時55分 (#1474515)
      そう考えたら、もしかしてたった一瞬の失言で去った政治家の中には後の世をピタリと言い当てていた人や、政策をやらせたらうまくやった人がいたかもしれないんだねぇ。

      「空気読めない」が端的に表しているキーワードかと思いますが。「人間として当たり前の部分」などとしてコミュニケーション偏重で苦手分野のボトムアップに血眼になりすぎている気がします。得てしてそういう部分はいわゆる天才、学者、変人は苦手とする部分でしょうに。
      # 苦い経験有、得意分野伸ばすほうがいいですよ、マジで。
      親コメント

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