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「天才」はもう現れない?」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward
    引き合いに出して失礼かもしれないけど、モーツァルトとか、加藤九段とか、長嶋茂雄とか、天恵を持っている人はどこか他の面でいびつな面を持っていることが多いんじゃないかと思う。
    歴史の中に埋まってしまえばその業績だけを見て「偉大だった」で済む話でも、周囲にとってはたまったものではなかったりすることもあるんじゃないかな。
    そういういびつな面を矯めず殺さず才能を育てる素地が、今の社会には欠けていないか?という指摘をしたい。
    パトロンだとか、サロンだとかいうものがうまいこと機能すれば、まだ伸ばせる才能はあるんじゃないか。
    20世紀に崩壊した共産主義国家の成したいろんなことのうち、そういう個人の才能を素直に育てる教育があったことだけは評価したいとおもうんだよね、個人的には。

「毎々お世話になっております。仕様書を頂きたく。」「拝承」 -- ある会社の日常

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