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ここでいうアンチCUIというのは相当ネガティブな意思を伴う立場かも知れませんが、そうでないなら、ゴールが曖昧な作業かどうか、ゴールへの過程を想定できる利用者かどうか、ゴールまでの方法論は限定的かどうかが最大の相違点ではないかと思っています。簡単に言うと、英語かどうかでなはなく前提知識の違い。
GUIであってもメニューが日本語でなければ、「file > save > option > &1(任意)」みたいな手順を英語で習得しなければならないのでCUIだけが英語嫌いとは思えません。英語タイピングが嫌いというのなら、まだわかりますが、日本語をローマ字入力で打つ人ならアルファベットでの入力に抵抗感があるとは思えません。
CUIでもコミットとロールバックみたいな概念で、試行錯誤しながら曖昧な作業はできますが、GUIならWYSIWYGな手続きによって、前提知識がなくても試行錯誤を繰り返せばイメージ通りの成果が出せるのに、CUIではパラメータのヒントがmanコマンドとか-helpパラメータを指定しなければ参照する事が出来ない習熟度の壁が市場を狭めてしまいます。
ポートピア連続殺人事件がコマンド選択式になった際は、コマンドリファレンスを調べないと、「みる」ことさえ出来ないアドベンチャーの常識を覆して画期的だと評価されたといいます。CUI信者になってしまうと、「みる > なにを > かびん」という3つの単語のコンビネーションを知っていることを、さも必要不可欠な要素に思い込んでしまいがちです。
本来ゲームのコマンド単語を引き当てる事には意味が無いのに、苦労する事自体に価値を見出してしまい、そこに安住して進化を求めなくなってしまいます。CUIを深化、GUIに進化、いずれのアクションも発生しないのは苦しい鍛錬を超えなければ免許皆伝されない、苦労が当たり前という古来の思想が浸透しているからでないかと思います。
逆にいうと今のWindowsにしても、GUIであるにも関わらず、それなりに苦労してマスターした技能だからそれが最高なんだという、逆転した思い込み評価が多いように感じます。もちろん「自分が使いやすいものが最高の道具」も真実だと思いますし、Linuxのサポートや方言ディストリに比べれば、どこにいっても同じ操作が通用するWindowsを習得するのは、どっちを一本槍にするか選べと言われたら合理的な選択だと思います。
なんだかまとまりがなくなってしまいましたが、要するにCUIの抵抗感は英語嫌いでなく、視覚的にリファレンスが得られるGUIが効果を発揮するような用途が、クライアント用途では主流になっているのでGUIが広く受け入れられているだけで、CUIが効力を発揮するような、前提知識がある人間がコマンド一発でアトミックな処理を流すような用途は市場が小さい。そういうことではないかと。
>良いAlternativeを作る
これはおそらくOS、ディストリベースで勝負するよりも、Windows上で非MSソリューションを定着させてからLinuxでもそれは出来ると言うようにアプリに対する考え方を変えていく、という所に成功のカギがあるのだと思います。具体的にはブラウザとオフィス、メーラですね。丁度MacがiTunesで音楽とSafariでウェブ閲覧くらいならOSXでも出来ると提示したのと同様、それをもっとMSと衝突する領域でやってるのがgoogleでしょう。
例えば、ブラウザの一機能ブックマークだけ見てもオンラインのブックマークを使い出すと、ブラウザはIEでなくても構わないし、ネットをするのは自分のPCでなくても良くなってくる。PCに求める要件はWindowsであることよりも、ネットに接続できること程度になってくる。むしろPCである必要は無く、携帯電話でも、ゲームボーイ(今はDSか)でもいい。SaaSとかSOAとか言われていますが、インフラの整備によって昔オラクルが言っていたような「ネットワークこそがコンピュータ」(Web2.0でデータはインテルインサイドと焼き直された)という時代がようやく到来したのでしょう。
コンピューティングの裾野を見ればAlternativeが溢れ、カオスになっていると思います。9時に出社して17時退社のような、典型的なオフィス文書を作るコンピューティングではまだまだWindowsのAlternativeが通用しているようには思いませんが、そういうローカルで限定的な範囲から外に目を向けると、MSは有力なプレイヤーであることには違いないですが、OS以外の取り柄が昔に比べれば乏しくなっていると感じます。(その代わりXBOX360のように新たな実りを収穫している領域もありますが。)
そういう意味では、↓で仰るような気分転換も必要でしょう。
>日本に居つづけることか、目標か、エンジニアか、何かしら捨てなければいけないのだろうか。
後ろ向きなニュアンスではなく、前向きに体の軸をずらしてみるということ。矢印の向かう先さえブレなければ、視点を変えるのは無駄に磨耗しないために有効でしょう。例えば、自社サービスをIEだけでなくFirefoxでも活用できるようにするというのは、小さい範囲で誰でも出来ること、そういう間接的なアクションでさえ長期的にはAlternativeという文化を醸成していくのではないかと信じてます。
目に見える成果や変化というのは、自分の関知しない場所で起きたりもするものですから、勉強会など [atmarkit.co.jp]横の繋がりを増やして立ち位置を確認して見る、孤軍奮闘的な不安を払拭するのには良いのではないかと思います。
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※ただしPHPを除く -- あるAdmin
アンチCUI派というのはまずそれ以前に英語嫌い (スコア:0)
ここでいうアンチCUIというのは相当ネガティブな意思を伴う立場かも知れませんが、
そうでないなら、ゴールが曖昧な作業かどうか、ゴールへの過程を想定できる利用者かどうか、
ゴールまでの方法論は限定的かどうかが最大の相違点ではないかと思っています。
簡単に言うと、英語かどうかでなはなく前提知識の違い。
GUIであってもメニューが日本語でなければ、「file > save > option > &1(任意)」みたいな
手順を英語で習得しなければならないのでCUIだけが英語嫌いとは思えません。
英語タイピングが嫌いというのなら、まだわかりますが、日本語をローマ字入力で打つ人なら
アルファベットでの入力に抵抗感があるとは思えません。
CUIでもコミットとロールバックみたいな概念で、試行錯誤しながら曖昧な作業はできますが、
GUIならWYSIWYGな手続きによって、前提知識がなくても試行錯誤を繰り返せばイメージ通りの
成果が出せるのに、CUIではパラメータのヒントがmanコマンドとか-helpパラメータを指定
しなければ参照する事が出来ない習熟度の壁が市場を狭めてしまいます。
ポートピア連続殺人事件がコマンド選択式になった際は、コマンドリファレンスを調べないと、
「みる」ことさえ出来ないアドベンチャーの常識を覆して画期的だと評価されたといいます。
CUI信者になってしまうと、「みる > なにを > かびん」という3つの単語のコンビネーション
を知っていることを、さも必要不可欠な要素に思い込んでしまいがちです。
本来ゲームのコマンド単語を引き当てる事には意味が無いのに、苦労する事自体に価値を
見出してしまい、そこに安住して進化を求めなくなってしまいます。
CUIを深化、GUIに進化、いずれのアクションも発生しないのは苦しい鍛錬を超えなければ
免許皆伝されない、苦労が当たり前という古来の思想が浸透しているからでないかと思います。
逆にいうと今のWindowsにしても、GUIであるにも関わらず、それなりに苦労してマスター
した技能だからそれが最高なんだという、逆転した思い込み評価が多いように感じます。
もちろん「自分が使いやすいものが最高の道具」も真実だと思いますし、Linuxのサポート
や方言ディストリに比べれば、どこにいっても同じ操作が通用するWindowsを習得するのは、
どっちを一本槍にするか選べと言われたら合理的な選択だと思います。
なんだかまとまりがなくなってしまいましたが、要するにCUIの抵抗感は英語嫌いでなく、
視覚的にリファレンスが得られるGUIが効果を発揮するような用途が、クライアント用途では
主流になっているのでGUIが広く受け入れられているだけで、CUIが効力を発揮するような、
前提知識がある人間がコマンド一発でアトミックな処理を流すような用途は市場が小さい。
そういうことではないかと。
>良いAlternativeを作る
これはおそらくOS、ディストリベースで勝負するよりも、Windows上で非MSソリューションを
定着させてからLinuxでもそれは出来ると言うようにアプリに対する考え方を変えていく、
という所に成功のカギがあるのだと思います。具体的にはブラウザとオフィス、メーラですね。
丁度MacがiTunesで音楽とSafariでウェブ閲覧くらいならOSXでも出来ると提示したのと同様、
それをもっとMSと衝突する領域でやってるのがgoogleでしょう。
例えば、ブラウザの一機能ブックマークだけ見てもオンラインのブックマークを使い出すと、
ブラウザはIEでなくても構わないし、ネットをするのは自分のPCでなくても良くなってくる。
PCに求める要件はWindowsであることよりも、ネットに接続できること程度になってくる。
むしろPCである必要は無く、携帯電話でも、ゲームボーイ(今はDSか)でもいい。
SaaSとかSOAとか言われていますが、インフラの整備によって昔オラクルが言っていたような
「ネットワークこそがコンピュータ」(Web2.0でデータはインテルインサイドと焼き直された)
という時代がようやく到来したのでしょう。
コンピューティングの裾野を見ればAlternativeが溢れ、カオスになっていると思います。
9時に出社して17時退社のような、典型的なオフィス文書を作るコンピューティングでは
まだまだWindowsのAlternativeが通用しているようには思いませんが、そういうローカルで
限定的な範囲から外に目を向けると、MSは有力なプレイヤーであることには違いないですが、
OS以外の取り柄が昔に比べれば乏しくなっていると感じます。
(その代わりXBOX360のように新たな実りを収穫している領域もありますが。)
そういう意味では、↓で仰るような気分転換も必要でしょう。
>日本に居つづけることか、目標か、エンジニアか、何かしら捨てなければいけないのだろうか。
後ろ向きなニュアンスではなく、前向きに体の軸をずらしてみるということ。
矢印の向かう先さえブレなければ、視点を変えるのは無駄に磨耗しないために有効でしょう。
例えば、自社サービスをIEだけでなくFirefoxでも活用できるようにするというのは、
小さい範囲で誰でも出来ること、そういう間接的なアクションでさえ長期的にはAlternative
という文化を醸成していくのではないかと信じてます。
目に見える成果や変化というのは、自分の関知しない場所で起きたりもするものですから、
勉強会など [atmarkit.co.jp]横の繋がりを増やして立ち位置を確認して見る、
孤軍奮闘的な不安を払拭するのには良いのではないかと思います。