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この作品には完結してもらいたかったのに!(でも、もう無理なんだよね)」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward

    未完成交響曲と明暗には別人による補筆版が存在します。

    シューベルトの未完成の交響曲達の補筆を巡って(その6) [whitesnow.jp]
    続明暗 [amazon.co.jp]

    ローダンシリーズも似たような立場になるかしら。
    それを受け入れるかどうかは、読者によって違うと思います(アマゾンレビューでは好評だけど、私は続明暗は受け付けなかった)

    • Re: (スコア:2, 参考になる)

      ローダンシリーズの場合は、
      「プロット作家」が設定とあらすじを決めて、
      それを元に各作家がリレー形式で話を書く、
      というスタイルなので、単に「別人が続きを書く」というのとはちょっと違います。

      それぞれの作家で「お気に入りのキャラ」なんかがあるので、個々の話は雰囲気が変わるし、
      特定の作家が別の視点でサイドストーリー的に話を展開していることも多いのですが、
      トータルのストーリー的には統一感があります。
      #時々、引き継ぎ不足か「ある巻で死んだ人が、次の巻で生き返ってる」なんてことがありますけど…

      まあ、プロット作家の代替わりは「続きを別人が書く」にあたるか

      • by ziqqur (30564) on 2009年06月01日 22時25分 (#1577744)
        ローダンは、日本語版250巻あたりでプロットが初代のシェールから二代目のフォルツに変わったらしくて、実はこの二人は作風がまったく正反対なんですね。シェールは言われてるように大艦巨砲主義で、優れた技術を誇る地球人のエリートたちが侵略者たちに打ち勝っていくという話。
        ところが250巻からはそういう要素が薄くなり、さまざまな苦悩を抱えたトラウマ人物たちが他人との接触に傷つき悩む、というような話になっております。そのためカピンのガンヤス人との関係とか、大群の本来の使命などなんとなく尻切れトンボに思えてしまいます。
        どうも最初にシェールが意図したものと違うのではなかろうかと。
        もしシェールが続けていたならこの後、話はどうなっていたのだろうか、気になる部分ではあります。

        日本語版300巻以後はほぼフォルツの世界らしい。
        今進行中(日本語版で)の話で七種族の公会議という敵が登場しますが、その中で軍事力担当のラール人が中心的な役割を担ってはいます。ところがラール人は何をするにもお目付け役のヒュプトン人に相談しなくちゃならない。ヒュプトンは自分では何もしなくてラール人に難癖をつけるだけの存在。
        ケロスカーは数学の才能に秀で、公会議の中で作戦立案をやっている。ところが彼らは公会議の実際の行動には関心がなく、数学の問題を解くかのごとく態度で臨んでいる。
        この凸凹な公会議をまとめるべく、グライコ人が調停役となっていて、彼らなしには公会議はやっていけない。ところがグライコ人は平和主義なので、地球人と戦争しているとはいえない。そこでラール人はグライコ人をだましていて、銀河系を平和裏に併合したことになっているけど、いつばれるやら。
        てな具合でスペースオペラというより、駄目な会社の中間管理職の心理劇みたいな話になっております。
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