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この悩みは、Windows(というかDOSを起源とするファイルシステム)を引きずる限りずっと付いて回るでしょう。かりに、2TBの壁を突破しても、また当分来ることがない壁が、いつの間にか近づいてきたわけですし。今のうちに抜本的な対策を取っておくほうがいいように思います。
結局、パーティション=ドライブ、という概念がこれをややこしくしているのですね。UNIXのように、ルートは一つしかなく、それにマウントしていく形であれば、いくらでも対処できるのですが、現状のWindowsのディレクトリ構成では、たとえば
C:WindowsD:Program FilesE:Documents and Settings
なんて、Sym
これには、1パーテションにドライブレターを振るのをやめてしまい、HDDは原則C(=/)に 対してマウントしていく、UNIX的な構成に変えていくほうがいいと思いますけどね。
それはずっと昔からできる事ですが……。 XP 時代にマイドキュメントだけ別ボリュームの HDD をマウントしたりとかしたことありませんか?
結局のところ、マウントという技術は簡単にWindowsにも持ち込めたけどMS製OSしか使ったことのない人たちの中には万事ドライブレターで考える人が、非常に大勢いるみたいなんですよね。
ドライブレターを任意に変更できるようになったのに二つめのパーティションという意味でD:を使うこともめずらしくない。
ひどいときには「Linuxの入っているD:ドライブを…」とか言う素人もいるしE:とかF:とか言いながら、物理HDDの数すら明記せず光学ドライブやUSB機器であることすら説明しようとしない人がいる。このへんはドライブレター文化の欠点だと思っている。
それでも、そういう文化を、
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192.168.0.1は、私が使っている IPアドレスですので勝手に使わないでください --- ある通りすがり
パーティション=ドライブをやめるべき? (スコア:1, オフトピック)
この悩みは、Windows(というかDOSを起源とするファイルシステム)を引きずる限り
ずっと付いて回るでしょう。かりに、2TBの壁を突破しても、また当分来ることが
ない壁が、いつの間にか近づいてきたわけですし。今のうちに抜本的な対策を取って
おくほうがいいように思います。
結局、パーティション=ドライブ、という概念がこれをややこしくしているのですね。
UNIXのように、ルートは一つしかなく、それにマウントしていく形であれば、いくらでも
対処できるのですが、現状のWindowsのディレクトリ構成では、たとえば
C:Windows
D:Program Files
E:Documents and Settings
なんて、Sym
Re: (スコア:1)
それはずっと昔からできる事ですが……。
XP 時代にマイドキュメントだけ別ボリュームの HDD をマウントしたりとかしたことありませんか?
なぜWindowsではマウントが流行らない? (スコア:2)
結局のところ、マウントという技術は簡単にWindowsにも持ち込めたけど
MS製OSしか使ったことのない人たちの中には
万事ドライブレターで考える人が、非常に大勢いるみたいなんですよね。
ドライブレターを任意に変更できるようになったのに
二つめのパーティションという意味でD:を使うこともめずらしくない。
ひどいときには「Linuxの入っているD:ドライブを…」とか言う素人もいるし
E:とかF:とか言いながら、物理HDDの数すら明記せず
光学ドライブやUSB機器であることすら説明しようとしない人がいる。
このへんはドライブレター文化の欠点だと思っている。
それでも、そういう文化を、
Re:なぜWindowsではマウントが流行らない? (スコア:0)
>MS製OSしか使ったことのない人たちの中には
>万事ドライブレターで考える人が、非常に大勢いるみたいなんですよね。
一般的な利用方法では、別に他の方法を使うほど変更する必要性のある部分でもないのが
その理由。その部分に凝るのなんてマニア位ですよ。別に出来たからといって比較として
かなり便利というなら流行るだろうけど、大して便利という訳でもないし。
便利になるのはある程度凝った使い方をした時から。
だからC:で全部、という使い方で何の支障も無い多くのユーザからすればマウント自体が
逆に分かり難い代物なのだから、分かりやすくというならマウントなんぞしなくても
使える様にするのが本質的な改善。今更マウントとか使わせるな、と個人的には思う。
そんなもん、古い技術で今更持て囃すものじゃない。