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オンリーワン」記事へのコメント

  • 同列に語る言葉じゃないような気がします。

    イチローの言葉は、あの世界に生きる人あの人が口にする言葉だから光るのですよ。

    # 『誰が』『誰に』言う言葉なのかで意味合いがガラッと変わる言葉ですから。
    • そうですか?

      まぁ、「安易に」口に出すのが嫌いというだけですので。
      本当にオンリーワンで光っているのは、その分野で努力した
      結果だと思ってますんで。

      周りに「オンリーワン」を口にしていた人がイマイチだった
      という例が多かったってのも辛口の原因です。

      とりあえず、個人的な意見ということで。
      • 「あなたという存在は、私にとってかけがえのない、とても大切な人なんですよ」

        これを伝えるのに、ナンバーワンとオンリーワン、どちらの方がふさわしいか。
        って言うとわかりやすいかな?
        これも人によって意見が分かれるところなのかもしれませんが。

        勝負の世界にオンリーワンなんてあり得ないですよ?
        で、あの歌の「ナンバーワン」と「オンリーワン」の意味をもう一度考え直してみていただければなと思います。

        私のよく知ってる人も、あなたとまったく同じ事を言いましたけどね。
        まぁ、判りたがらない人も居るので、無視していただいても構いませんが。
        • 「あなたという存在は、私にとってかけがえのない、とても大切な人なんですよ」
          これを伝えるのに、ナンバーワンとオンリーワン、どちらの方がふさわしいか。
          って言うとわかりやすいかな?

          その意味を前提として

          あの歌の「ナンバーワン」と「オンリーワン」の意味

          を考えると、「もともと特別なオンリーワン」という歌詞に矛盾があるのでは?まったく愛されない人が居ないとは限らないのだから。
          単に「他にまったく同一の人物などいない」という意味の「オンリーワン」であれば、「もともと特別なオンリーワン」に何の矛盾もないけど、「私にとってかけがえのない、とても大切な」なんて意味は必ずしも含まれない。

          情緒的な表現やスローガンとしてはあり得ると思うけど、少なくとも事実ではない。「花屋の店先に並んだいろんな花」は、比較・取捨選択の結果であって、「どれもみんなきれい」なのは当たり前。歌としては美しいと思う。だけど、そこで思考停止する気にもならない。

          • by Tatenon (20311) on 2009年09月15日 5時26分 (#1639794) 日記
            >まったく愛されない人が居ないとは限らないのだから。

            それは数学的に0という数字があるかないかみたいなお話になっちゃうので・・・・
            ありますよ。現実的に。
            でもそれをこの歌にぶつけるのはあまりにも寂しくありません?

            っつーか私の例えが悪いんだな。なんつーかこう『順位がつけられるものとつけられないものがある』ってのが言いたかったんですけど。
            「大小」みたいな明確に比較できる基準と、「美」とか「愛」とか明確には比較できない基準とがあると。
            >「花屋の店先に並んだいろんな花」は、比較・取捨選択の結果
            にしたって、別に工業製品的な美しさを歌ってるわけじゃなかろうと思うし。

            実は昨日から日記の方でも補足しようとして、うまくまとまらなくて悩んでるんですけど。
            ぶっちゃけ『個人的な見解』以上のものじゃないですからねぇ。作者じゃないから。
            一般化しようとするところに無理があるのかもしれないですね。
            あの歌は訴えかける相手を限定してるかもしれないので。
            親コメント
            • by Ryo.F (3896) on 2009年09月15日 7時59分 (#1639811) 日記

              それは数学的に0という数字があるかないかみたいなお話になっちゃうので・・・・

              そりゃまた例が悪すぎる。特に技術系のこのスラドでは。零は、あるに決まってるし、あった方が美しい。

              でもそれをこの歌にぶつけるのはあまりにも寂しくありません?

              そうだね。だから、この歌の美しさは認めているじゃない。
              でも、この歌だけを持って現実に立ち向かうのも難しいよね。前にも指摘したけど、美しくない花を抹殺した後の「花屋の店先に並んだいろんな花」が「どれもみんなきれい」とか言われると、「オイオイ」ってツッコミを入れたくなるよね。

              「美」とか「愛」とか明確には比較できない基準とがあると。

              「愛」は措くとして、「美」は比較可能だよ。実際、比較されて出荷されない花はあるんだから。そういう意味では、

              にしたって、別に工業製品的な美しさを歌ってるわけじゃなかろうと思うし。

              歌い手の意図としてはそうかもしれないけれど、歌い手が読まなかった「裏」には、花を工業製品的に扱ったり、美を客観化して比較する行為が含まれてるんだよね。
              だから、あの歌の歌詞が「花屋の店先」を歌ったんじゃなくて、野原を歌ったんであれば、まだ納得したかもしれない、と思うんだよね。
              思うに、

              実は昨日から日記の方でも補足しようとして、うまくまとまらなくて悩んでるんですけど。

              の原因は、その辺りにもあるんじゃないかと思うんだよね。

              そう言った「裏」をを読めなかった(読まなかった?)無垢さに、美しさを感じないではないよ。
              でも、敢えて裏を読んだ上で、しかも美しい作品もある。例えば、金子みすヾがそう。あの歌と似たようなことを歌っていても、金子作品の方に僕は惹かれるんだよね。違いは「深さ」とか「厚み」じゃないかな。

              親コメント

皆さんもソースを読むときに、行と行の間を読むような気持ちで見てほしい -- あるハッカー

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