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自由っていうのは何をしてもいいって訳じゃない。
少なくとも隠し撮りで撮影したり、水銀の含有を『隠すため』にクジラとして売っているというような誹謗に近いような主張を言論の自由の名の下に容認する気にはなれない。
あなた自身の行動を隠し撮りされて、その行動を恣意的にマイナスイメージに編集されたものをYouTubeで公開されても言論の自由や表現の自由だからと言って容認するだろうか?
同じように、暴力や恫喝で上映に圧力をかける言論の自由も容認できない。
義務や責任の裏付けがない自由を主張し続けると、自由ではなくなっていくよ。
>自由っていうのは何をしてもいいって訳じゃない。>少なくとも隠し撮りで撮影したり、水銀の含有を『隠すため』にクジラとして売っているというような誹謗に近いような主張を言論の自由の名の下に容認する気にはなれない。>あなた自身の行動を隠し撮りされて、その行動を恣意的にマイナスイメージに編集されたものをYouTubeで公開されても言論の自由や表現の自由だからと言って容認するだろうか?
もしそうなのであれば、それは反論を持ってなされるべきものです。「この映画はここが間違っている」と主張すればいいのです。配給会社社長宅に恫喝にも等しい街宣活動をもってなされるべきことではありません。
>そのロジックは、オウムなどの宗教/セミナー団体がつねづね主張していますね。曰く「セミナーを受けてから反論してくれ。」言論でなすべきことです。宗教側もセミナーではなく、公の場での議論でもって戦うというのが文明国でのルールです。
>反対派はべつに映画の中身に興味があるわけではなくて、盗撮や嘘をついておこなったインタビューなどに>憤っている人も少なくないでしょう。
どう考えても内容に怒ってるだけですよ。
http://www.asahi.com/national/update/0604/TKY201006030514.html [asahi.com] >市民団体は「草の根右派」「新保守」などとくくられるグループ。4月以降、映
>もしそうなのであれば、それは反論を持ってなされるべきものです。>「この映画はここが間違っている」>と主張すればいいのです。見たか見ていないかで発言者を区別するのも又、言論弾圧の1つですがね。
反対論者から見ればその前提を得る段階で既に被害が有ると言う事に。せめて無償での上映であればそれも言い訳っぽく聞こえるのだが。
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アレゲはアレゲ以上のなにものでもなさげ -- アレゲ研究家
言論弾圧じゃ? (スコア:5, すばらしい洞察)
Re:言論弾圧じゃ? (スコア:1, 興味深い)
自由っていうのは何をしてもいいって訳じゃない。
少なくとも隠し撮りで撮影したり、水銀の含有を『隠すため』にクジラとして売っているというような誹謗に近いような主張を言論の自由の名の下に容認する気にはなれない。
あなた自身の行動を隠し撮りされて、その行動を恣意的にマイナスイメージに編集されたものをYouTubeで公開されても言論の自由や表現の自由だからと言って容認するだろうか?
同じように、暴力や恫喝で上映に圧力をかける言論の自由も容認できない。
義務や責任の裏付けがない自由を主張し続けると、自由ではなくなっていくよ。
言論弾圧ですがね (スコア:0)
>自由っていうのは何をしてもいいって訳じゃない。
>少なくとも隠し撮りで撮影したり、水銀の含有を『隠すため』にクジラとして売っているというような誹謗に近いような主張を言論の自由の名の下に容認する気にはなれない。
>あなた自身の行動を隠し撮りされて、その行動を恣意的にマイナスイメージに編集されたものをYouTubeで公開されても言論の自由や表現の自由だからと言って容認するだろうか?
もしそうなのであれば、それは反論を持ってなされるべきものです。
「この映画はここが間違っている」
と主張すればいいのです。
配給会社社長宅に恫喝にも等しい街宣活動をもってなされるべきことではありません。
Re: (スコア:0)
> 「この映画はここが間違っている」
> と主張すればいいのです。
> 配給会社社長宅に恫喝にも等しい街宣活動をもってなされるべきことではありません。
そのロジックは、オウムなどの宗教/セミナー団体がつねづね主張していますね。曰く「セミナーを受けてから反論してくれ。」
反対派はべつに映画の中身に興味があるわけではなくて、盗撮や嘘をついておこなったインタビューなどに憤っている人も少なくないでしょう。
犯罪的な行為に及んだのは反対派のごく一部です。そういうところもデマがお好きですね。
Re: (スコア:0)
>そのロジックは、オウムなどの宗教/セミナー団体がつねづね主張していますね。曰く「セミナーを受けてから反論してくれ。」
言論でなすべきことです。宗教側もセミナーではなく、公の場での議論でもって戦うというのが文明国でのルールです。
>反対派はべつに映画の中身に興味があるわけではなくて、盗撮や嘘をついておこなったインタビューなどに
>憤っている人も少なくないでしょう。
どう考えても内容に怒ってるだけですよ。
http://www.asahi.com/national/update/0604/TKY201006030514.html [asahi.com]
>市民団体は「草の根右派」「新保守」などとくくられるグループ。4月以降、映
Re: (スコア:0)
> 「この映画はここが間違っている」
> と主張すればいいのです。
ですから、このロジック自体がすでに危険を孕んでいるというわけです。
> 「表現の自由など関係ない。今後も抗議は続ける」などと言って恥じない連中は、あらゆる自由の敵です。
反対派を(おそらく)犯罪行為を行う彼らのみに限定するのはなぜですか?プロパガンダの一種ですか?
Re: (スコア:0)
>もしそうなのであれば、それは反論を持ってなされるべきものです。
>「この映画はここが間違っている」
>と主張すればいいのです。
見たか見ていないかで発言者を区別するのも又、言論弾圧の1つですがね。
反対論者から見ればその前提を得る段階で既に被害が有ると言う事に。
せめて無償での上映であればそれも言い訳っぽく聞こえるのだが。