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堀江貴文や田原総一朗、Wikipedia上の記事を本人が修正(ただし雑誌上で)」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward

    勝手に上げられてる記事を本人同意でしかもソース主義のルールに則って修正できるって合理的だね。
    存命のうちに公の場で自分にかけられた小便を自分で拭く権利を認めない状態っていうのは有名税で片付けていい問題じゃないとは思う。

    • Re: (スコア:2, 興味深い)

      by Anonymous Coward
      重要なのはそんなことじゃなくて、
      Wikipediaは信用に足るものじゃないってのを
      啓蒙することじゃないかな。

      2chに書いてあるからってそれを鵜呑みにするバカはいない(と信じたい)けど、
      Wikipediaではそれが起こるのでたちが悪い。
      • Re: (スコア:4, すばらしい洞察)

        by Anonymous Coward
        本人による添削は信用に足るのでしょうか
        • Wikipediaの大前提である「一次情報を書かない」「信頼性の担保は、外部のソースによる」というのの合わせ技で、本人でも(WikipediaがWikipediaたる為に)直すことが出来ないというジレンマがありました。
          今回のは、それを綺麗にクリアしているので試みとして面白い。

          で、

          本人による添削は信用に足るのでしょうか

          という疑問は、汎化すると

          ○○による記事は信用に足るのだろうか

          という今までも当然出るべきであった疑問になります。
          なので、Wikipediaが取り得る流れとして

          1.本人の添削など信用できないので入れない!
           ただし、今までの無記名の雑誌情報は載せたまま。見直しもしない。

          2. 「~と本人は発言している(ウィキナオシより)」という形で載せる。
           過去の記述も「~と業界筋は発言している(○○雑誌より)」「~と編者は主張している(○○辞典より)」という形に直す。情報源の信頼性に対して、再度確認して精査して行く。
          (あ、書き方は適当だけど主旨をくんでくれ)

          「本に載っていたから」「雑誌に載っていたから」「百科事典に載っていたから」という情報源を明示して担保してもらう形式が、より強調される方向に行くと良いなあ。
          # 無記名の雑誌記事情報よりも、本人の記述が重要視されないというのは、やはり間違っている:-P
          # Wikipediaはどちらも載せるべきだよね。中立的な視点としては。

          親コメント

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