別に男性がレースクイーンになってもいいんですよ。それで客がとれる・喜ぶなら。
たとえばサッカーでも野球でもバスケでもいいんですが、球技のプロスポーツ業界で、女子リーグって殆ど盛り上がってないですよね。男子以上とまで言わなくても、男子リーグと同等に盛り上がってる国や地域すらない。
(男子リーグも殆ど誰もやってないマイナーな地域なら「同等」かもしれませんが、それって結局、社会進出の場として成功してないに等しいので除きます)
「女性であるが故に」と言いますが、女性の特性を生かして脚光を浴びることまで抑圧だと言うのでしょうか。
確かにレースクイーン等の仕事は、外見的に女性のほうが支持されやすいです。でも、それを「女性であることの抑圧」というなら、(フィジカル的に男性のほうが有利、なんとなく男性リーグのほうが普通に感じる人が多い、等様々な理由で)前述のようなプロスポーツリーグに所属する男性は、全て「男性であるが故に抑圧されている」としなければ筋が通りません。フェミニズムを掲げる人々は彼らに対して何かしてあげているのですか?
私はビジネス系展示会の企業ブースで、コンパニオンをやっていたことがあります。
こういう言い方をすると(自称)フェミズムの人には叩かれるかもしれませんが、女であることを武器にしてましたし、女の魅力を伸ばすために切磋琢磨していました。
その結果として客(展示を出す側)に、次もよろしくと指名されたのは嬉しかったですし、それを誇ることが「フェミニズム」という考え方から喜ばしくないというのであれば、少なくともそういう人は、女性として生きている私にとっては、私の得意なことや誇っていた仕事を否定する、相容れない敵だと認識します。
どんな分野であれ、活躍できる人もいれば、活躍できない人もいるのは仕方が無いことです。
特定の分野が、人間としての機能差の問題で、女性に有利、あるいは男性で有利だったとしても、その差異が発生する理由があまりに非合理的でなければ、それを否定するのは、その分野で努力している人を否定することにしかならないと思います。
私はそれは「フェミニズム」ではなく、単に「成功者を引きずり下ろしたい嫉みや、正義心を振りかざして誰かを叩きたいだけの精神を隠すために、女性解放という大義名分を掲げてるだけの差別主義者」にしか見えないんですけどね。