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犯罪対策閣僚会議で児童ポルノのブロッキングが決定される」記事へのコメント

  • 政治主導で日本のインターネットの良さが失われてしまわないか、接続料金が大幅に上がってしまわないか心底心配している

    ええと、なぜ「政治主導で」と言う前置きが必要なんでしょうか?これが「行政(官僚)主導で」だとOKというわけでもありますまい。

    インターネットの良さとか、接続料金の安さ、なんてものは、子供が受ける被害に比べれば小さいと思いますが、どうでしょうか?
    大幅に、と言うのは具体的にはいくら位を想定していますか?
    例えば、接続料金が月額数百円上がる程度で子供が受ける被害が減るのなら、十分許容できると思いますが、どうでしょうか?

    • by Anonymous Coward
      >インターネットの良さとか、接続料金の安さ、なんてものは、子供が受ける被害に比べれば小さいと思いますが、どうでしょうか?

      私自身が享受しているインターネットのメリットを犠牲にしてまで、また規制によるデメリットを許容してまで、
      被害者として想定しうる他人の子供を救おうとは思いません。
      「子供の被害がかかっているという善意で思考停止することの波及効果」まで考えると尚更です。
      知り合いの子供だったら救おうと思いますが、そのような可能性は限りなく低いので、他の似たようなリスク同様、
      無視します。
      あくまで私の利害得失を天秤にかけた判断です。人それぞれ違うことでしょう。
      • 私自身が享受しているインターネットのメリットを犠牲にしてまで、また規制によるデメリットを許容してまで、

        具体的には、どういうメリット・デメリットなんでしょうか?

        ブロッキングが濫用される危険は確かにあります。その危険は注意深く防止されねばなりません。そしてそれは、簡単なことではないでしょう。
        しかし、それはどういう抑止力・権力にもあり得ることです。最初からコントロールできない、と言う思考停止に陥っていませんか?

        • Re: (スコア:3, すばらしい洞察)

          >最初からコントロールできない、と言う思考停止に陥っていませんか?

          「コントロールできる」という仮定ではなく、「コントロールできた」という事実・実証はなされていますか?
          それがなされない限り「コントロールできるのだ」という仮定・理想論による思考停止に陥り、強行するのは過去の愚行の数々と代わりありません。

          秦王朝からはじまる過去の検閲方法の数々は、「コントロールできない」という事実を世界各地で実証し、私達に教えてくれました。
          検閲という方向性を探ること自体が思考停止であるとはいいません。
          しかし、史実を覆せるだけの具体的事実・論がない限り、この法案は思考停止どころか、思考すらしてしていない法案と言わざるを得ません。

          無知の知でないですが、史実を元に検閲を否定し、具体策はなくともそれ以外の方法を探っている方々の方が思考停止せず前に進んでいるといえるでしょう。

          • 「コントロールできる」という仮定ではなく、「コントロールできた」という事実・実証はなされていますか?

            まだやってないものの実証は、当然できません。

            秦王朝からはじまる過去の検閲方法の数々は、「コントロールできない」という事実を世界各地で実証し、私達に教えてくれました。

            検閲をチェックする機関・手段を準備しなかったからじゃないですか?

            • >まだやってないものの実証は、当然できません。
              実証=本番というお考えではないと思いますが、念のためお聞きします。
              それは実験レベルですら政府は確認をしていないという意味ですよね。

              >検閲をチェックする機関・手段を準備しなかったからじゃないですか?
              過去に検閲の合否を機関以外が最終決定する手法をとっている歴史があります。
              禁書目録という言葉で検索をかけてお調べ下さい。

              親コメント
              • 過去に検閲の合否を機関以外が最終決定する手法をとっている歴史があります。
                禁書目録という言葉で検索をかけてお調べ下さい。

                調べてみると [google.co.jp]、ラノベばかりが引っかかりますが、これが児童ポルノって話じゃ…ないですね(笑)。

                禁書目録なんてものは、バチカンが作ってバチカンがチェックする、って話でしょ?そんなのは失敗するに決まってますよ。チェックする機関に、処分を受ける側や第三者が含まれてないんだから。
                そんな単純な発想では、何をやってもうまく行きません。もう少し知恵を出しましょうよ。

                映倫なんかも検閲を行っています。BPOは、検閲とまでは言えないでしょうけど、近い。これらも失敗でしょうか?

                親コメント
              • >バチカンが作ってバチカンがチェックする、って話でしょ?そんなのは失敗するに決まってますよ。

                禁書目録の作成は、四百年間も続いたものであり、それこそあなたがバカにしたような単純な背景や発想で続いたものではありません。
                仮に、禁書目録があなたのいうバチカンが作りバチカンがチェックを行う単純なものであったとしましょう。
                しかし、政府が作って政府がどのような人員を選び作った第三者機関が行っても、それは単に第三者機関の選定過程が複雑になっただけです。
                「検閲内容をチェックする機関を検閲する側がつくる」という構図は変らないので、あなたがバカされたバチカンの禁書目録と変わりありません。

                >映倫なんかも検閲を行っています。
                あまりこういう苦言は言いたくないですが、「知恵を出しましょうよ」いうあなた自身、知恵を出すための知識が不足してらっしゃるように見受けられます。
                検閲とは「行政権が主体となって、 思想内容等の表現物を対象とし、その全部または一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することをさす(最大判;昭和59年12月12日)」

                これは司法関係の職を目指す人には、超がつくほど有名で知ってて当たり前です。
                映倫は映画業界が自主的に設置した業界団体による『民間の』自主規制であり、検閲でもなんでもありません。
                どこかが世間から倫理的な不評を買って、業界に不利益が被らないよう相互に監視しあうのが目的であり、今回の法案である『行政(政府)』が一方的におこなう検閲とは根本が異なります。

                親コメント
              • それこそあなたがバカにしたような単純な背景や発想で続いたものではありません。

                もったいぶらずに説明したらどうですか?
                そもそも、思想背景が複雑・単純などこの場合には関係ありません。
                馬鹿にもしていません。現時点から見て、当然のことを言ったまでです。

                それに、論理展開がおかしいですね。以下の前提

                仮に、禁書目録があなたのいうバチカンが作りバチカンがチェックを行う単純なものであったとしましょう。

                と、以下の結論

                しかし、政府が作って政府がどのような人員を選び作った第三者機関が行っても、それは単に第三者機関の選定過程が複雑になっただけです。

                は無関係ですね。なぜわざわざ複雑な物言いをしているのでしょうか?
                前提部は、バチカンは第三者機関を作らなかった、という話です。結論部は第三者機関を作る、という話です。「単に第三者機関の選定過程が複雑になっただけ」という差ではありません。

                今回の法案である『行政(政府)』が一方的におこなう検閲とは根本が異なります。

                だから、行政が一方的に規制する、というやり方ではない方法を考えよう、と言う意見です。

                それと、検閲云々は知っています。確かに行政が一方的に行う検閲は暴走しがちでよくないです。だから、それとは違う方法をとろう、と言うのが私の意見です。それは、行政を民主的にチェックしようというやり方です。従って、業界の自主規制や検閲の中間の様なものになるでしょう。そういう広い枠組みで議論しているのです。

                親コメント
              • >前提部は、バチカンは第三者機関を作らなかった、という話です。結論部は第三者機関を作る、という話です。

                確かに、第三者機関という言い方が正しくありませんでしたね、訂正します。

                わたしの結論としていらっしゃる「第三者機関を作る」というのは、正確にいうならば
                上位権限を持つもの以外がどんな選定方法をとって組織を作っても、それは第三者機関「のように見える」内部組織にしかならない、ということです。
                国の行政のトップは、内閣であり、それ以上の行政組織は存在しません。
                このため、行政が主導するチェックはどうやっても一方的なものにしかならないから、検閲を自体を禁止するよというのが憲法の主旨です。
                私自身も検閲があった時代に生きた人間ではないので確かなことは言えませんが、検閲は事業仕分けをイメージしていただければわかりやすいかと思います。

                >行政を民主的にチェックしよう
                それには超えなければならない問題がありますね。
                http://srad.jp/comments.pl?sid=502844&cid=1801159 [srad.jp]でIZUMI162i6さんがおっしゃっていることが、わたしの考えに近いので
                そちらであげられた問題点をどのように解決するかをご返答いただければ、必要ならばそのあとにコメントをさせていただきます。

                あと、禁書目録に関して、「もったいぶらずに説明を」とおっしゃいましたが、この場で十数ページ分になりそうなことを講釈垂れるのは難しいです。
                http://srad.jp/comments.pl?sid=502844&cid=1801163 [srad.jp]
                において、あなたは他者に「ご自分で勉強なさってください」とおっしゃっていますので、この件に関しても同じようにご自身で勉強なさって下さい。

                親コメント
              • 上位権限を持つもの以外がどんな選定方法をとって組織を作っても、それは第三者機関「のように見える」内部組織にしかならない、ということです。

                その論理は、現行のあらゆるシステムも含め、どんなシステムを作ってもダメ、という結論を導きますが、それで正しいですか?
                それはそれで一つの見解です。しかし、そんな非建設的な意見には賛成できません。しかもこれ以降の議論は平行線にしかなりませんね。

                あと、禁書目録に関して、「もったいぶらずに説明を」とおっしゃいましたが、この場で十数ページ分になりそうなことを講釈垂れるのは難しいです。

                であれば、禁書目録を例示したのが間違いだったのでは?
                「過去に検閲の合否を機関以外が最終決定する手法をとっている歴史」があるのであれば、もっと解りやすい・調べやすい例を挙げることができるでしょう。なのにわざわざぐぐってもラノベばかりがヒットするような例を挙げ、説明せよと言われると長くなるから無理だ、では話になりません。
                違っていて欲しいですが、後で逃げを打てるように、わざと調べにくい例を示した様にすら見えます。

                あなたは他者に「ご自分で勉強なさってください」とおっしゃっていますので、この件に関しても同じようにご自身で勉強なさって下さい。

                話がまったく違います。
                私は、相手から「それでは納得できない」と言われれば、それなりに説明します。今回は納得していただいているようです。
                しかも、自分から例示したものを説明しない、なんて不誠実な態度とはまったく違います。

                親コメント
              • by iso999 (21485) on 2010年07月29日 15時56分 (#1801951)

                >今回は納得していただいているようです。
                なるほど、確かにコメントをされた方は納得されていますね。
                閾値以下だったので、目を通していませんでした。

                では、禁書目録とその制定が、当初から単純な独裁によって決定されたものでないことを説明します。
                禁書目録がバチカンが作ってバチカンがチェックするだけの透明性の低い単純なものでないことを示すためには

                1.禁書目録が多くの価値判断ももつ人々によって、改訂されているものである。
                2.執行機関である検邪聖省と、基準を作る禁書目録聖省が互いに独立していた。

                この2点を満たす必要があると思います。
                それと公平性の高いチェック機関を作っても、検閲行為はいずれ本来の目的から逸脱して執行されていく、という事実を示す必要があります。
                この点を示すためには、禁書目録が一定の公平性を持っていても、多くの権力の思惑によって腐敗としていった歴史を示さなければなりません。

                まず、禁書の初期の歴史について述べます。
                確認されている最初の目録は1529年のネーデルラントで作られたもので、ローマのものではありません。
                その後のトリエント公会議で、禁書目録が個人の裁量、判断に依り過ぎているという批判があがり、禁書目録の作成の方法を定め1564年に規範となるべき禁書目録を作成します。
                この以前は書物関しても著者に対して異端審問を行い、判断するという形で多くが行われていました。
                このトリエント公会議の3年前、1542年にパウルス3世が設置した異端審問所は、教皇の独自の判断を廃し、当時の優秀な神学者や高い学識も兼ね備えた枢機卿たちによって構成された組織です。
                その役割は教説や著作の異端性を審議すると同時に、ローマ以外で行われる異端審問に問題がないよう監督することを目的としてつくられたものです。
                各地の司教たちが正しく審問を行なえるための準備と、正しく行っているかどうかをチェックする機関だったわけです。
                その後、異端審問所の役割は、検邪聖省に教皇庁の一機関として機能します。検邪聖省は各国のよりすぐりの神学者、哲学者、教会法の専門家たちをアドバイザーとして抱え、彼らの意見に基づいて審議を行っていました。
                また、禁書を制定する機関も別途に設置されて禁書目録聖省と名前で呼ばれることとなります。
                トリエント公会議後、異端審問所は検邪聖省という教皇庁の一聖省機関に代わります。
                目録の制定も禁書目録聖省という別機関に移り、イタリア(ローマ)以外の諸国からもよりすぐりの神学者や教会法の専門家たちをアドバイザーとして抱えるだけでなく、哲学者も迎え入れて、彼らの意見を元に目録の改訂を行ってきました。

                この事実は「1.禁書目録が多くの価値判断ももつ人々によって、改訂されているものであること」を示しています。

                次に、異端審問所が教皇の単なる手駒や意向を単純に実行するだけの組織ではなかったことについて説明します。
                酷く簡単にまとめていますのでわからない点については著書をいくつか紹介しますので、入手してご確認下さい。

                まずは異端審問所の起こり、成り立ちから。
                初期キリスト教は、今以上に様々な教義が存在し、対立しあっていたのはご存知かと思います。
                しかし、コンスタンティヌス帝による公認が行われ、キリスト教はローマ帝国の統治システムとして組みまれていくこととなります。
                異種の教義理解を容認しておくというのは、日本国憲法の統治下にある日本で、合衆国憲法を基準にして物事を判断する人がいるようなものです。
                混乱や騒動のタネになることは、想像がつくことだと思います。
                (現在の日本でも、在日米軍が問題を起こすたび、合衆国憲法を持ち出され問題になっていますね)
                そのため、教義について違った意見が提示されたり、意見の対立が起こったりした場合は、教会会議や公会議によって討議され、異端であるか(どちらが正等であるか)という判断がなされました。
                異端審問創成期にも、基本は司教の権限でしたが、キリスト教以外の権力や民衆が審問を行っていた場合も存在が確認されています。
                余談になりますが、民衆による異端審問でもっとも有名なのがキリストの磔刑でしょうね。(キリスト教はまだできていないので、キリスト教ではありませんが)

                中世ヨーロッパにおいて、キリスト教は、今の憲法と同じく統治の仕組みとしての機能もしていて、各地で時の権力者が独自に行っていました。
                この後、これを問題視した教皇庁によって異端審問が公式な立場を持っていくことなります。
                背景としてあったのは、カタリ派という世俗と関係を断ち切って禁欲生活を送ることが正しく救われる道とする二元論のキリスト教異端の一派です。
                カタリ派は、フランスの王権から離反していた諸侯の庇護を受け、フランスで大きくなっていきます。
                当時のカトリックは聖職者の堕落が激しくて、完全

                親コメント
              • 長く書いた割には、本論と無関係な部分が多すぎです。何かを誤魔化そうとしているようにすら見えますよ。

                まず、

                上位権限を持つもの以外がどんな選定方法をとって組織を作っても、それは第三者機関「のように見える」内部組織にしかならない、ということです。

                その論理は、現行のあらゆるシステムも含め、どんなシステムを作ってもダメ、という結論を導きますが、それで正しいですか?

                これに対する回答がありません。

                目録の制定も禁書目録聖省という別機関に移り、イタリア(ローマ)以外の諸国からもよりすぐりの神学者や教会法の専門家たちをアドバイザーとして抱えるだけでなく、哲学者も迎え入れて、彼らの意見を元に目録の改訂を行ってきました。

                この事実は「1.禁書目録が多くの価値判断ももつ人々によって、改訂されているものであること」を示しています。

                論理の飛躍がありますね。少なくとも、「神学者や教会法の専門家」は第三者とは言えない事は明らかです。
                残るは、「哲学者」ですが、これが第三者かどうか不明です。
                また、処分を受ける側の意見が反映されるかどうかには、まったく言及がありません。
                従って、「1.」の結論を導くには不十分です。

                まあ、そう言っても、それなりにうまく行っていた時期(数百年くらい?)もあるんでしょう。それは、その仕組みがそれなりに有効だ、という結論を導きますね。
                人間の作るシステムで、未来永劫有効だ、と言うものは存在しないでしょう。であれば、数百年くらい有効なシステムを採用するのは、私は「あり」だと思います。

                親コメント
              • by Anonymous Coward

                この話題に否定的な反応をする人が多いのは中国という「成功モデル」が存在しているからであるのは容易に想像できますし、その中国では「それなりにうまく行っていた時期」がいったい何年あったのでしょうか。

                表現の自由の保障は基本的にフェイルセーフ機構であり、人が持つ権利を他人に委ねる行為は表現の自由であれ財産権であれ過去の歴史を見れば不幸な結果をもたらす可能性が高く、圧倒的多数の人々が不利益を被る可能性を上回るメリットがあるかどうか慎重な検討が必要なはずです。

                そういう視点でRyo.Fさんの一連の主張を別の角度から眺めてみると、まるで共産主義の理想を語っているかのような印象を受けました。

              • >その論理は、現行のあらゆるシステムも含め、どんなシステムを作ってもダメ、という結論を導きますが、それで正しいですか?

                正しいです。
                が、逆命題が真であることは必ずしもありません。

                >残るは、「哲学者」ですが、これが第三者かどうか不明です。
                「哲学者」であることが必ずしも第三者であるかどうか不明だ、といわれたら私にはこれ以上の証明を提示するすべはありません。
                あなた自身が疑問を呈している通りです。
                どのような立場にある人物を第三者だと主張しても、それはすべて状況証拠であって疑問を払拭すことはできないと思いますが、状況証拠以外で第三者を証明できる方法はありますか?

                >>また、処分を受ける側の意見が反映されるかどうかには、まったく言及がありません。
                >従って、「1.」の結論を導くには不十分です。

                日本国憲法において、この憲法で処分を受ける側の人にあたるのは、国内に住む国民・許可を受けて滞在している外国人です。
                これと同じで処分を受ける側の人は、バチカンの影響を受ける地域に住む人間すべてです。
                絶対王政の君主でもない限り、基準を作った人間だからといって、その基準の適応から逃れられません。
                なので、処分を受ける側の意見は反映されていると考えています。

                反映されないというのであれば、処分を受ける側とはどの立場の人をいうのか具体的に示してください。

                >人間の作るシステムで、未来永劫有効だ、と言うものは存在しないでしょう。であれば、数百年くらい有効なシステムを採用するのは、私は「あり」だと思います。
                その結論であれば、千数百年続いた奴隷制度・人身売買といったシステムや、二百年以上続いたえた・ひにん制もあなたには「あり」だということになります。

                親コメント
              • http://srad.jp/comments.pl?sid=502844&cid=1801190 [srad.jp]

                >まだやってないものの実証は、当然できません。
                実証=本番というお考えではないと思いますが、念のためお聞きします。
                それは実験レベルですら政府は確認をしていないという意味ですよね。

                自分から出した質問のすべてに対して答えを求めるのなら、あいての質問にもきちんとすべて答えていただけますか。

                親コメント
              • >「神学者や教会法の専門家」は第三者とは言えない事は明らかです。
                見過ごしていましたが、教会法というのはローマカトリックが定めた教義だけでなく、各国家が宗教に関連すること定めた法も含みます。

                会議に参加していた教会法の専門家は、それぞれ自国に都合が悪いものを拒否したり、利するものを通したりするために送られた各国の大使のような存在であろうといわれています。
                このように公会議はカトリックを信仰している人の会議ですが、さまざまな立場を持った人が集まっており、各立場で思惑をぶつけ合っていまた。
                教会を全肯定する各立場の人々がサクラとして集められた、すべて予定調和の会議でもないのです。
                だからといって、参加していた専門家や哲学者がカトリック教会から賄賂や便宜を約束されて、教会に有利な意見をしていなかったか?、ということを否定はできません。

                しかし、それをもって「禁書目録は、腐敗を防止する客観的な視点を取り入れなかった制度だ」とする意見については、わたしは異を唱えます。

                親コメント
              • その論理は、現行のあらゆるシステムも含め、どんなシステムを作ってもダメ、という結論を導きますが、それで正しいですか?

                正しいです。

                了解しました。と言うことは、現在存在してるあらゆるシステムもダメだし、今後作るどんなシステムもダメだ、と言うことですね。私はそんな非建設的な意見には賛成できません。
                以降、議論は平行線にしかなりませんね。

                「哲学者」であることが必ずしも第三者であるかどうか不明だ、といわれたら私にはこれ以上の証明を提示するすべはありません。

                なるほど。
                ということは、「1.禁書目録が多くの価値判断ももつ人々によって、改訂されているものであること」でいう「多くの価値判断」の中に、反キリスト教的・反バチカン的思想を取り込もうとしていたかどうかすら不明、ってことですね。
                それは私の言うチェック機関とは違いが大きくて、比較対象とはなりえませんね。

                なので、処分を受ける側の意見は反映されていると考えています。

                まったく的外れですね。
                主に処分されるのは、キリスト教に反する思想を持つ人達ですね。私の疑問は、そう言う人達の意見が反映されえるか、という質問であることは明らかでしょうに。

                その結論であれば、千数百年続いた奴隷制度・人身売買といったシステムや、二百年以上続いたえた・ひにん制もあなたには「あり」だということになります。

                長く続いたものならば何でもOK、なんて話はしていませんが。

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              • そういう視点でRyo.Fさんの一連の主張を別の角度から眺めてみると、まるで共産主義の理想を語っているかのような印象を受けました。

                共産主義は、民主主義の究極の形ですから、民主主義を語るとき、共産主義の様に見えてしまうのは、ある意味仕方のないことです。

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              • そういう視点でRyo.Fさんの一連の主張を別の角度から眺めてみると、まるで共産主義の理想を語っているかのような印象を受けました。

                共産主義は、民主主義の究極の形ですから、民主主義を語るとき、共産主義の様に見えてしまうのは、ある意味仕方のないことです。

                共産主義が民主主義の究極の形というのがいまいち理解できないのですが、できればもう少し詳しく教えてほしいです。

              • 民主主義は、平等を前提としたシステムです。平等をどこまで追求するかによって、いろんな立場の民主主義がありうるわけですが、中途半端な平等で満足するのは、中途半端な民主主義でしかありません。平等を極限まで追及した先には、共産主義があります。

                なお、中途半端な民主主義だから良くない、という主張ではありません。

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私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike

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