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移動太陽光発電機、活躍中」記事へのコメント

  • Re: 部門名 (スコア:1, 興味深い)

    by Anonymous Coward
    15メートルの堤防が建てた当時は無駄だと叩かれたりね。
    • Re: (スコア:5, すばらしい洞察)

      その堤防がどうだったのかは、全然知らない。遠まわしに無駄って言いたいのではないけど。

      そういう災害対策って、保険のようなもので。
      今回は偶然災害が来たから今回は偶然無駄じゃなかったとしても、
      割の合わない保険ってのは存在する。

      今回、結果論的には保険かけて正解だったとしても。
      次回も同じように、あるいはもっと多額の保険かけるべきかは分からない。

      今は、その偶然役立ったものが、割の合う保険だったかどうかを考えずに、ひたすら持ち上げられている感がある。
      これまでは、事業仕分けやら、コストカッター社長やらが、いざというときの備えを無駄と称してカットすることが
      良しとされていたから、備えることの重要さに再び気付けたのは、よいことだ。

      けれど、今後、いろんな自治体がむやみやたらに災害対策に乗り出すような気がして心配。
      費用対効果を含めて、しっかりと検討しつつ、災害に強い街づくりをしてくれたらいいなー。

      --
      1を聞いて0を知れ!
      • Re: (スコア:2, すばらしい洞察)

        by Anonymous Coward

        > 今回、結果論的には保険かけて正解だったとしても。
        > 次回も同じように、あるいはもっと多額の保険かけるべきかは分からない。

        そうなんだよね。今回の津波の高さはあとから分かった結果であって、
        じゃあ今後の津波対策はどうあるべきか、という指針がそれから出るわけではない。
        どんな高い津波だって、確率ゼロとは言えないのだし、1000年や10000年に一度の
        大津波だって、明日やってくるかもしれない。

        この結論は、「費用対効果」みたいな数字の大小で客観的に出せるようなものは
        ないと思います。もちろん、対策にかかる費用は具体的な数字で出せるし、科学が
        十分に進めば、どれくらいの災害がどれくらいの確率でやってくるかもある程度
        算出できる。それは十分に吟味されて、意志決定の材料として広く知らされるべき
        だと思う。でも、ある確率でやってくる災害に対して、どれだけの費用をつぎ込む
        のが妥当かは、客観的な数字の問題ではなく、感情や価値観の問題だと思います。

        • by Anonymous Coward on 2011年04月07日 9時16分 (#1931889)

          そうなんだよね。今回の津波の高さはあとから分かった結果であって、

          普代村の場合は少なくとも1896年と1933年の津波で100人単位の死者が出ているようで。津波に関しては科学の進歩待つより歴史文献調べたほうが安くて妥当性の高い防災対策できそうな気がする。

          親コメント

犯人はmoriwaka -- Anonymous Coward

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