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猿が撮影した写真、著作権は誰に? 」記事へのコメント

  • 著作権法 第2条1項1号

    思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの

    というわけで、「思想又は感情を創作的に表現したもの」ではないから、そもそも著作権など発生しないのでは?

    #あくまで日本では、の話だけど。

    • Re: (スコア:3, 興味深い)

      >というわけで、「思想又は感情を創作的に表現したもの」ではないから、そもそも著作権など発生しないのでは?

      本人の意図しないところで偶発的に発生した物だから、って事ですよね。 「偶発事象に意味を見いだした点が、我が創作である」と後付けで主張すればどうでしょう?

      例えば、街そのものは著作物ではなくても、街の風景写真が著作物として成立するのは、 「この角度からこの画角で撮ると街の衰勢が浮き彫りになる」とかそんな感じの写真家の「思想又は感情」が埋め込まれてるからであって。

      適当に、私は「猿にも操作出来る機械を生み出した文明と、猿にも劣る写真しか取れない人間も居ることの対比がどうのこうの・・・」と言う思想・感情を猿に奪われた後、奪い返したカメラに記録されていた写真で表現出来ることを見いだした、 とか言い張ってみたらOKじゃないかと。

      # この理屈で行けば、変な形の大根を「『この角度から見たらエロい』という見立て」を含めて
      # 彫刻としての著作物にできる。流木アートの応用。
      • by Anonymous Coward

        >本人の意図しないところで偶発的に発生した物だから、って事ですよね。

        そうじゃなくて、猿に「思想又は感情を創作的に表現」できるのかって話じゃないのか?

        • by d5 (42418) on 2011年07月16日 23時06分 (#1987779)

          >そうじゃなくて、猿に「思想又は感情を創作的に表現」できるのかって話じゃないのか?

          表現ってのは、それを評価されることによって表現となるといった
          側面がありますよね。つまり、評価によって「思想または感情」が
          創作的であるかすらも、評価されることによって成立する側面がある。
          誰も見ていない絵画、誰も読んでいない文芸、誰も聞いていない音楽は、
          その時点では「表現」ではないという面がある。

          で、逆に、何かしら表現しようとしたものでなくても、評価によって
          表現されていると「思索」されることもある。自然現象とかそこらへんを
          描写しただけであっても、評価によって表現とみなされる場合もあったり
          するわけです。

          つまり、猿に表現力があろうがなかろうが、そこで作られたモノに対して
          「思想又は感情を創作的に表現」という評価が与えられたら、それは、
          「思想又は感情を創作的に表現」されたものであるとみなせるわけです。

          孤高の誰もしらない芸術はありえるか?という思索を学生時代にやってみて
          そういったモノはありえない、やはり評価者が居ないと表現たりえないと
          いう考え方も出来ると考えています。

          親コメント

日々是ハック也 -- あるハードコアバイナリアン

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