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物理「定数」が時間変化してるんじゃないか?と言う議論は,現代物理に限ればおそらくディラックの議論あたりに遡ると思います.
ディラックは,基本的な素粒子,例えば陽子(当時はクォークの存在は無かったので)を考えると,そこに働く重力と電磁気力の力の比が40桁ぐらいも異なることに非常に不満を持っていました(電磁気力の方が圧倒的に強い).彼の美意識的には,こういった宇宙の「基本的な数」は全て同じぐらいの桁(せいぜい数桁の差)に納まってる方がおさまりが良かったわけです.まあ,機械を分解したら直径1000兆光年の歯車と直径1nmのスイッチが入ってた,という様な比率なんで,その感覚は何となくわからんでも無いですが.
そして彼は基本となりそうな様々な数を調べ,その比を取ってみたところ,
・重力と電磁気力:40桁ぐらい違う・陽子の半径を光速で割ったもの(彼的な時間の最小単位)と宇宙の年齢:40桁ぐらい違う・推定された核子の数:(1040)2
と,1040あたりに関係しそうな数がいくつか出てきました.そこで彼は,「これらの数字は実は関係していて,例えば電磁気力と重力の強さの比は,宇宙の年齢とともにどんどん大きくなっている(力の比 を 宇宙の年齢 で割ったものが,常に1前後の定数になる)」という仮説(大数仮説)を提唱します.
まあ,この仮説自体は現代に至る精密計測で否定されたのですが,これ以降「物理定数とされている各種の数は,実は定数ではない(時間変化,空間変化している)のかも知れない」という研究が行われるようになります.(弦理論などでは異なる宇宙では異なる結合定数を持つ可能性が指摘されていますし,場合によってはそれが時間変化する可能性も否定できないので,基本的にはそれほど無茶なアイディアというわけではありません)
そんなわけでいろいろな計測が行われています.例えば相対論に代わる重力理論としての万有引力定数が時間変化するモデルなども研究されています.そういった研究の中で,最も精力的に研究されているのが微細構造定数です.この定数は電磁気力と結びついた定数なわけですが,電磁気力というのは非常に強く測定がしやすい,また世の中の大抵の事象は電磁気力に由来するため,研究がやりやすい(関連する物理現象が幅広い),そして何より電磁気関連の技術が発達しているので計測上有利,と言った特徴があります.(なお,この定数が変化しているとすると,光速度かプランク定数か素電荷かのうち,少なくとも一つは変化していることになります)
今回の論文で使われているのはクエーサーの分光という典型的な手法です.原子の吸収/発光スペクトルは,内部の準位に応じた構造を持つわけですが,この構造の中に微細構造定数αの2乗であるとか,4乗に比例する項があります.遠方の星ですので運動によるドップラーシフトだとか空間の膨張による赤方変位によりスペクトルが変化しますが,それを例えばαの2乗に関連するスペクトルで規格化し,4乗の方の位置のズレを検出することで,αの値が現在(我々の周囲での実験結果)とクエーサーから光が出た段階(遙か過去)で異なるのかどうか,が検出できるわけです.
しかしながら,やはり遠方から来る光を分光して細かい構造を調べる,というのはなかなかに難しく,例えば今回の論文を出してるグループは1999年と2001年にも同様に「αにズレがあった」と報告し,その後別グループが「もっとサンプル数を増やして調べたが,そのようなズレはなかった」という否定的な報告をしています.でまあ,それに対し今回また,「さらにサンプル数を増やした俺らの分析ではやっぱりズレがあった」という論文が出てきた,と.(また数年後に別グループから「いややっぱりそんなのは無い」という論文が出る気がします)
なお,微細構造定数の変化に関しては,クエーサーを使う手法は精度は低いけど比較する時間間隔を非常に長くする(要は現代と100億年前レベルのものを比較している)事で変化を見やすくしようとする手法ですが,これとは別に,光周波数コムと言うような光の周波数を超々精密に測定できる手法を使い,短い実験時間(せいぜい年単位)の中での微少な(あるかも知れない)変化を超精密な手法で検出する,という実験なども提案されています(現在鋭意精度を上昇中).実際のところ,クエーサーを用いた計測やオクロの自然原子炉を用いた手法だと,様々なモデルを使って外的な影響を除いて計算する必要があり,α以外の影響を受ける可能性が指摘されています.そのため,外的なパラメータの制御が容易なこの手の実験室系での実験というのが有望視されているわけです.確かあと1-3桁ぐらい精度が上がればこっちの方が既存の方式より良くなるはずなんで,もう2-30年もすればもうちょっと精密な議論ができるんじゃないかなあと.
毎度解説ありがとうございますm(_ _)m
> (なお,この定数が変化しているとすると,光速度かプランク定数か素電荷かのうち,少なくとも一つは変化していることになります)
もしプランク定数が変化するなんてことになったら質量の新定義がゆらぎかねないのではと思ったのですが、どうなんでしょう?
キログラムの定義に使おうとしているアボガドロ定数だとかプランク定数の現時点での測定精度は8-9桁ぐらいだったと思います.一方の微細構造定数ですが,とりあえずこれまでの研究などから時間変動の割合(Δα/α)は10-17 / year 以下だろうと言われています.#オクロ原子炉の分析に基づき,変動率が一定と仮定.
だからまあ,上限ぐらいのズレがあっても,1万年とかそこいらは大丈夫なんじゃないでしょうか.#1万年でも10-13ぐらい,今より数桁要求精度が上がっても大丈夫.
それよりもっと先は,きっとその頃の人が何か良い方法でも考えてくれてますよきっと.
プランク定数が変化するという話だと、そのものずばりネタにしたSFがラッカーにありますよ。ルーディ・ラッカー「時空の支配者」 [amazon.co.jp]かなりマッドなSFなので読みにくい(?)ですけども……。
phasonのおっしゃっておられるディラックのお話あたりは、ちくまから文庫が出ています。ディラック現代物理学講義 (ちくま学芸文庫) [amazon.co.jp]これはまだ出版されている文庫なので入手しやすいです。ちらちらつまみ読みするくらいなら、大学一般教養レベルの物理学と数学の知識があれば大丈夫。
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「科学者は100%安全だと保証できないものは動かしてはならない」、科学者「えっ」、プログラマ「えっ」
時間変化する物理定数 (スコア:5, 参考になる)
物理「定数」が時間変化してるんじゃないか?と言う議論は,現代物理に限ればおそらくディラックの議論あたりに遡ると思います.
ディラックは,基本的な素粒子,例えば陽子(当時はクォークの存在は無かったので)を考えると,そこに働く重力と電磁気力の力の比が40桁ぐらいも異なることに非常に不満を持っていました(電磁気力の方が圧倒的に強い).
彼の美意識的には,こういった宇宙の「基本的な数」は全て同じぐらいの桁(せいぜい数桁の差)に納まってる方がおさまりが良かったわけです.
まあ,機械を分解したら直径1000兆光年の歯車と直径1nmのスイッチが入ってた,という様な比率なんで,その感覚は何となくわからんでも無いですが.
そして彼は基本となりそうな様々な数を調べ,その比を取ってみたところ,
・重力と電磁気力:40桁ぐらい違う
・陽子の半径を光速で割ったもの(彼的な時間の最小単位)と宇宙の年齢:40桁ぐらい違う
・推定された核子の数:(1040)2
と,1040あたりに関係しそうな数がいくつか出てきました.そこで彼は,「これらの数字は実は関係していて,例えば電磁気力と重力の強さの比は,宇宙の年齢とともにどんどん大きくなっている(力の比 を 宇宙の年齢 で割ったものが,常に1前後の定数になる)」という仮説(大数仮説)を提唱します.
まあ,この仮説自体は現代に至る精密計測で否定されたのですが,これ以降「物理定数とされている各種の数は,実は定数ではない(時間変化,空間変化している)のかも知れない」という研究が行われるようになります.
(弦理論などでは異なる宇宙では異なる結合定数を持つ可能性が指摘されていますし,場合によってはそれが時間変化する可能性も否定できないので,基本的にはそれほど無茶なアイディアというわけではありません)
そんなわけでいろいろな計測が行われています.例えば相対論に代わる重力理論としての万有引力定数が時間変化するモデルなども研究されています.
そういった研究の中で,最も精力的に研究されているのが微細構造定数です.この定数は電磁気力と結びついた定数なわけですが,電磁気力というのは非常に強く測定がしやすい,また世の中の大抵の事象は電磁気力に由来するため,研究がやりやすい(関連する物理現象が幅広い),そして何より電磁気関連の技術が発達しているので計測上有利,と言った特徴があります.
(なお,この定数が変化しているとすると,光速度かプランク定数か素電荷かのうち,少なくとも一つは変化していることになります)
今回の論文で使われているのはクエーサーの分光という典型的な手法です.原子の吸収/発光スペクトルは,内部の準位に応じた構造を持つわけですが,この構造の中に微細構造定数αの2乗であるとか,4乗に比例する項があります.遠方の星ですので運動によるドップラーシフトだとか空間の膨張による赤方変位によりスペクトルが変化しますが,それを例えばαの2乗に関連するスペクトルで規格化し,4乗の方の位置のズレを検出することで,αの値が現在(我々の周囲での実験結果)とクエーサーから光が出た段階(遙か過去)で異なるのかどうか,が検出できるわけです.
しかしながら,やはり遠方から来る光を分光して細かい構造を調べる,というのはなかなかに難しく,例えば今回の論文を出してるグループは1999年と2001年にも同様に「αにズレがあった」と報告し,その後別グループが「もっとサンプル数を増やして調べたが,そのようなズレはなかった」という否定的な報告をしています.でまあ,それに対し今回また,「さらにサンプル数を増やした俺らの分析ではやっぱりズレがあった」という論文が出てきた,と.
(また数年後に別グループから「いややっぱりそんなのは無い」という論文が出る気がします)
なお,微細構造定数の変化に関しては,クエーサーを使う手法は精度は低いけど比較する時間間隔を非常に長くする(要は現代と100億年前レベルのものを比較している)事で変化を見やすくしようとする手法ですが,これとは別に,光周波数コムと言うような光の周波数を超々精密に測定できる手法を使い,短い実験時間(せいぜい年単位)の中での微少な(あるかも知れない)変化を超精密な手法で検出する,という実験なども提案されています(現在鋭意精度を上昇中).
実際のところ,クエーサーを用いた計測やオクロの自然原子炉を用いた手法だと,様々なモデルを使って外的な影響を除いて計算する必要があり,α以外の影響を受ける可能性が指摘されています.そのため,外的なパラメータの制御が容易なこの手の実験室系での実験というのが有望視されているわけです.確かあと1-3桁ぐらい精度が上がればこっちの方が既存の方式より良くなるはずなんで,もう2-30年もすればもうちょっと精密な議論ができるんじゃないかなあと.
Re: (スコア:0)
毎度解説ありがとうございますm(_ _)m
Re: (スコア:0)
> (なお,この定数が変化しているとすると,光速度かプランク定数か素電荷かのうち,少なくとも一つは変化していることになります)
もしプランク定数が変化するなんてことになったら質量の新定義がゆらぎかねないのではと思ったのですが、どうなんでしょう?
Re:時間変化する物理定数 (スコア:2)
キログラムの定義に使おうとしているアボガドロ定数だとかプランク定数の現時点での測定精度は8-9桁ぐらいだったと思います.
一方の微細構造定数ですが,とりあえずこれまでの研究などから時間変動の割合(Δα/α)は10-17 / year 以下だろうと言われています.
#オクロ原子炉の分析に基づき,変動率が一定と仮定.
だからまあ,上限ぐらいのズレがあっても,1万年とかそこいらは大丈夫なんじゃないでしょうか.
#1万年でも10-13ぐらい,今より数桁要求精度が上がっても大丈夫.
それよりもっと先は,きっとその頃の人が何か良い方法でも考えてくれてますよきっと.
Re:時間変化する物理定数 (スコア:1)
プランク定数が変化するという話だと、そのものずばりネタにしたSFがラッカーにありますよ。
ルーディ・ラッカー「時空の支配者」 [amazon.co.jp]
かなりマッドなSFなので読みにくい(?)ですけども……。
phasonのおっしゃっておられるディラックのお話あたりは、ちくまから文庫が出ています。
ディラック現代物理学講義 (ちくま学芸文庫) [amazon.co.jp]
これはまだ出版されている文庫なので入手しやすいです。ちらちらつまみ読みするくらいなら、大学一般教養レベルの物理学と数学の知識があれば大丈夫。