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ネット上の「大衆」が間違っているとき、どうする?」記事へのコメント

    • 松本サリン事件を思い出しますね…
      あのころ、ネットが今のように発達していたら、だれか「個人がサリンを製造なんておかしい!」
      と声をあげた学者等はいたんだろうか…
      • Re: (スコア:4, すばらしい洞察)

        by Anonymous Coward

        声の大きさ=確証の強さ
        というのが学者のスタンスですから、松本サリンのように
        証拠が少なすぎても結果が重大で、だれかを吊し上げなくてはならない
        という状況には、科学は無力です。

        ネットがあれば、松本サリンの容疑者が不合理すぎるという意見は
        当時より早く多くなったでしょうが、決定的証拠や真犯人が見つからないと
        前に進まない点は一緒です。

        • Re: (スコア:3, すばらしい洞察)

          マスコミによる報道災害の問題の多くは、本来、犯罪捜査は「罪を憎んで人を憎まず」で、あくまで物的証拠主義で犯罪を追っ掛けないといけないのに、容疑者の人格や性格、評判を追っ掛けるところにあるのでは?

          今でも、なにか事件が起きると、容疑者や被害者について近所の人の「評判」を取材して報道しているけど、あれ、なにを報道したくてやってるんですかね?

          • by Anonymous Coward on 2011年12月27日 13時05分 (#2072631)
            日本のマスコミは視聴者の知りたがっていることを流そうとします、凶悪犯罪の場合は
            視聴者の知りたいことはただ一点、自分とその家族や近所に同じような犯人が存在する、
            もしくは存在が近所から疑われることがないという確信を担保してくれる証拠になります
            例えば「無職」や「ひきこもり」とかの内容が出れば、視聴者は「うちには無職もひきこもりも
            いないから、同じような犯罪者を出すことはない」と、安心するわけ
            報道がなんの根拠もなくとも視聴に安心をもたらすだけの情報で、安全には何の役にも
            立たないということは、今年の震災と原発事故の報道が記憶に新しいところ
            親コメント

あと、僕は馬鹿なことをするのは嫌いですよ (わざとやるとき以外は)。-- Larry Wall

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