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こういう番組を制作する、ないしは視聴することで自分たちのことをひと括りにして分かった気にならないで貰いたい、などと大人たちに敵意をいだくのが典型的中学生の態度であるように思えます。本当に中学生が対象だったのか個人的には疑問です。
こういうのについて、「他人は他人、自分は自分だ」と冷静な態度を取れるようになる、あるいは、内輪受けする話を外に持ち出して、楽しんでもらえることをかえってよろこぶ傾向はもうちょっと歳がいってからのような気がします。
;; 放送が始まった頃は、中学生はもっと大人びていたのだ、という意見があるとすれば、ボクにはもう何も言うことはありません。
15年前になくなったうちのばあちゃんは、中学生日記は大好きでした。毎回見ていた。
中学生日記の wiki にあるように「視聴者の意向を受けて道徳的になっていった」
とあるように、ある程度以上の年齢が「中学生はこうあるべき」という大人から見た模範的中学生像を描いていたように見えます。視聴者はそもそも中学生をターゲットとはしてないかと。年寄りたちの青春回帰の番組だったのではないかと思います。
個人的には、中学生日記を見た記憶が遙か遠くてどのような作品ははっきり言ってあまり記憶にないのですが、この作品に対するコメントを適切に出来ないですが。そしておそらく時代と共にあるていど番組のセンスは変化したと思うので「どの時代の中学生日記」なのかにも依存するかと思います。
私自身は中学生当時はベルリンの壁崩壊あたりで、マルクス主義対する興味が大人と知性を感じさせる最大の関心事で、それにかぶれることが一種の自己主張でした。社会構造の改革こそが夢みたいな感じで。それが他人とは違う自分を確立させていました。自分から見て回りは子供にしか見えなかった。その意味では、「自分は自分、他人は他人」との態度は初期から取れていたとは自覚していますが。それも、ある意味背伸びする中学生という意味では、清く正しい中二病だったと思います。
社会(コミュニティ)に対して大人であろうと背伸びする、自己を確立しようとする足掻きの、主張の方向性の違いでしかない。
中学生日記も方向性の問題で、そういった意味で、今で言う中二病がテーマだと漠然と記憶していたのですが・・・どうも記憶違いのようでした。ポチポチ調べていると、中学生はこうあるべきという大人の理想っぽい作品に思えます。
ただ、それもおそらく視点の問題です。誰の視点で物語を構成するかかと思う。同じ事象でも何所に視点を置くかで印象が変わります。実際、今の自分の世代から、中学生を見ると、想像ですが、たぶん中学生日記風に感じに見える気がする。
例えるならば、受験勉強や大学受験なんかも過ぎ去ってみると他人事というか非常に冷静で笑い話ですので。当事者からすると洒落になりませんが、あくまでそれは主観です。同じ事件を描いても高校の先生からみた大学受験と高校生から見た大学受験は大きく違う。
登場人物と出来事は同じでも、視点が違うだけで、違うお話になってしまう。中学生日記の違和感は視聴者の視点と作り手の意識した視点の違いかと。で、おそらく年配の人の視点で作られている。さらに、道徳観が強化されて、いささか理想化されている。
・・・・記憶にあまりないのに勝手に想像してますが。こんな作品だったんでしょう。
> 「中学生はこうあるべき」という(略)模範的中学生像を描いていたように見えます。視聴者はそもそも中学生をターゲットとはしてないかと。老人様はこんな差別も公然と行えるんだね。# たとえば s/中学生/女性/; してみよう
想定する視聴者を絞り込むのは商売といわず作品の基本かと思いますけど。
老人向けのジャンプ
を出せ!差別だ!とは言わないでしょう。
全年齢、全職種、全人種、全性別向けの作品はたぶんつまらないです。一般的に全年齢向けのゲームといっても、制作スタッフは明らかに特定年齢層を意識して作っています。
そして、想定するターゲットと実際に買っている購買層がずれているときに大抵作品批判が大きくなり、売れなくなります。需要と供給があわないと。マーケティングが常に大事にされて、顧客情報が大事になる理由の一つです。
厨学生日記を想定していた人にとっては、中学生日記は面白くない。
高齢化が進んできたので、ぼちぼち・中年ジャンプ・老人ジャンプを作った方が商売になりそうです。
すると、「人間はこうあるべき」という(略)模範的人間像を描いていたように見えます」も差別だと言い張るわけだw
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犯人は巨人ファンでA型で眼鏡をかけている -- あるハッカー
中学生がターゲットだったとは信じ難い (スコア:3, 興味深い)
こういう番組を制作する、ないしは視聴することで自分たちのことをひと括りにして分かった気にならないで貰いたい、などと大人たちに敵意をいだくのが典型的中学生の態度であるように思えます。本当に中学生が対象だったのか個人的には疑問です。
こういうのについて、「他人は他人、自分は自分だ」と冷静な態度を取れるようになる、あるいは、内輪受けする話を外に持ち出して、楽しんでもらえることをかえってよろこぶ傾向はもうちょっと歳がいってからのような気がします。
;; 放送が始まった頃は、中学生はもっと大人びていたのだ、という意見があるとすれば、ボクにはもう何も言うことはありません。
Re:中学生がターゲットだったとは信じ難い (スコア:2, 興味深い)
15年前になくなったうちのばあちゃんは、中学生日記は大好きでした。
毎回見ていた。
中学生日記の wiki にあるように
「視聴者の意向を受けて道徳的になっていった」
とあるように、ある程度以上の年齢が「中学生はこうあるべき」という大人から見た模範的中学生像を描いていたように見えます。視聴者はそもそも中学生をターゲットとはしてないかと。年寄りたちの青春回帰の番組だったのではないかと思います。
個人的には、中学生日記を見た記憶が遙か遠くてどのような作品ははっきり言ってあまり記憶にないのですが、この作品に対するコメントを適切に出来ないですが。そしておそらく時代と共にあるていど番組のセンスは変化したと思うので「どの時代の中学生日記」なのかにも依存するかと思います。
私自身は中学生当時はベルリンの壁崩壊あたりで、マルクス主義対する興味が大人と知性を感じさせる最大の関心事で、それにかぶれることが一種の自己主張でした。社会構造の改革こそが夢みたいな感じで。それが他人とは違う自分を確立させていました。自分から見て回りは子供にしか見えなかった。その意味では、「自分は自分、他人は他人」との態度は初期から取れていたとは自覚していますが。それも、ある意味背伸びする中学生という意味では、清く正しい中二病だったと思います。
社会(コミュニティ)に対して大人であろうと背伸びする、自己を確立しようとする足掻きの、主張の方向性の違いでしかない。
中学生日記も方向性の問題で、そういった意味で、今で言う中二病がテーマだと漠然と記憶していたのですが・・・どうも記憶違いのようでした。ポチポチ調べていると、中学生はこうあるべきという大人の理想っぽい作品に思えます。
ただ、それもおそらく視点の問題です。誰の視点で物語を構成するかかと思う。同じ事象でも何所に視点を置くかで印象が変わります。実際、今の自分の世代から、中学生を見ると、想像ですが、たぶん中学生日記風に感じに見える気がする。
例えるならば、受験勉強や大学受験なんかも過ぎ去ってみると他人事というか非常に冷静で笑い話ですので。当事者からすると洒落になりませんが、あくまでそれは主観です。同じ事件を描いても高校の先生からみた大学受験と高校生から見た大学受験は大きく違う。
登場人物と出来事は同じでも、視点が違うだけで、違うお話になってしまう。中学生日記の違和感は視聴者の視点と作り手の意識した視点の違いかと。で、おそらく年配の人の視点で作られている。さらに、道徳観が強化されて、いささか理想化されている。
・・・・記憶にあまりないのに勝手に想像してますが。こんな作品だったんでしょう。
Re: (スコア:0)
> 「中学生はこうあるべき」という(略)模範的中学生像を描いていたように見えます。視聴者はそもそも中学生をターゲットとはしてないかと。
老人様はこんな差別も公然と行えるんだね。
# たとえば s/中学生/女性/; してみよう
Re:中学生がターゲットだったとは信じ難い (スコア:1)
想定する視聴者を絞り込むのは商売といわず作品の基本かと思いますけど。
老人向けのジャンプ
を出せ!差別だ!
とは言わないでしょう。
全年齢、全職種、全人種、全性別向けの作品はたぶんつまらないです。
一般的に全年齢向けのゲームといっても、制作スタッフは明らかに
特定年齢層を意識して作っています。
そして、想定するターゲットと実際に買っている購買層がずれているときに
大抵作品批判が大きくなり、売れなくなります。需要と供給があわないと。
マーケティングが常に大事にされて、顧客情報が大事になる理由の一つです。
厨学生日記を想定していた人にとっては、中学生日記は面白くない。
Re: (スコア:0)
高齢化が進んできたので、ぼちぼち
・中年ジャンプ
・老人ジャンプ
を作った方が商売になりそうです。
Re: (スコア:0)
すると、「人間はこうあるべき」という(略)模範的人間像を描いていたように見えます」も差別だと言い張るわけだw