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スプラッシュスクリーンの表示はいい加減やめるべき」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward

    スプラッシュスクリーンなんて不要なくらい素早く起動すれば済むだけの話。

    MS-DOS時代の、10MHzとか100MHzくらいのCPUの時代のソフトなんて、ほぼ一瞬で起動してたぞ。
    当時の代表的なソフトと言えば一太郎やロータス123とかだろうが、1秒程度で起動していた。

    いまのソフトはそれ以下。ハードウェアの進歩に対して、ソフトウェアでできることを増やしすぎ。
    (というか、ソフトウェアでできることなんて当時も今も本質部分ではそんなに変わってないから、
    ごくたまに使うかもしれない機能のために毎回毎回起動のたびに待たされていることになる)。

    • >MS-DOS時代の、10MHzとか100MHzくらいのCPU
      10MHzだとPC-9801VM(1985年)くらいだけど、その頃はFDをがちゃがちゃ鳴らして起動していた。当然2分くらいかかる。
      100MHzに到達したのは1994年(PentiumとDX4がほぼ同時期、IBM Blue Lighteningはもうちょっと前だったかもしれん)、この頃だと軽いソフト(VZとかP1.exeとか)はほぼ一瞬で起動してたけど、
      四太郎とか五太郎は相変わらず起動に時間がかかっていた(ジャストウインドウの所為でもあるけど)

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      ともあれ、ヤードポンド法は滅ぶべきであると考える次第である
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      • DX4とかのころになると20MBやら40MBのHDD(SASIディスク?)とか利用している人増えてましたからね。ハードディスクの速さには感動した記憶があります。
        一方でソフトによってはインストール時間の長さたるや・・・
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        # yes, fly. no, fry.
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        • DX4の時代だとすでにIDE接続の500MBとかの時代ですよ。A Mateとかだと。

          SASIの20MBだとVMより前、PC-9801M3で採用されてますし(ただ、HDD自体がそんなに一般的ではなかった)。DX4よりは9年前。

          40GBだとRA/RS/RXの世代かな。純正品はバカ高かったけどサードパーティ品を内蔵するのが一般的だった頃です。DX4よりは5年前。

          当時、大戦略III'90とか天下統一IIとかのDOS化されたゲームだと起動ディスクの次のドライブをデータ用として決め打ちしてたので、わざと2基目のFDDから起動することでデータをHDDから読み取らせることができ、非常に快適でした。
          すぐにDOS5でUMBが使えるようになったんで、ディスクキャッシュのドライバ読み込んでも十分コンベンショナルメモリを確保できるようになったんで廃れましたが。XMSが3MBもあればFDD数枚程度なら丸ごとキャッシュできたんで。

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          ともあれ、ヤードポンド法は滅ぶべきであると考える次第である
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          • そうですね私がSASI40MB触ってたのはPC386LSRだったので、486だともっと大容量ですか(でもその頃のHDD容量ってイマイチ記憶にない)
            DOS も3.30CでファイラーにECとか使ってました。

            UMBとかXMS,EMMも懐かしいですね、ゲームしたいがためにautoexec.batとかconfig.sysを記事をみながらよくわからずにいろいろいじってました。
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            # yes, fly. no, fry.
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計算機科学者とは、壊れていないものを修理する人々のことである

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