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むしろ、「近頃のゲーム」の方が面白くない気がするのは俺だけでしょうか?例えばアドベンチャーゲームとか、元々の「冒険」そしてそれに付随する「謎解き」の要素がどこかにすっ飛んで行って、恋愛要素重視一辺倒になってる気がします。そっちの方が売れるのかも知れないけど、なんか絵のタッチも似たり寄ったりだし、どれもこれもCVがついて物語に感情移入する余裕すら与えてくれないし、私としては面白みが減ったとしか思えません。恋愛要素とか好きな人にはそういったゲームを用意しつつも、普通に謎解きとか、冒険を楽しむアドベンチャーゲーム、もっと出ていいと
逆、逆。DSの成功以来「カジュアルゲーマー」ばかりにパブリシャーの目が向いたからだろ。そして勘違いした製作者やパブリシャーがこぞって「カジュアルゲーマー」向けと称し単調なゲームを出しまくった。その一方で「カジュアルゲーマー」受けしないジャンルは衰退へ追い込まれ。結果として素人しか楽しめないつまらないゲームばかりになったのが日本の現状。
コメ主です。
私が思うに、カジュアルゲーマーと、今で言われるオタクって、部分的に被ってると思うんです。というか、今で言われるオタク、がカジュアルゲーマーの中の一角を成しているんではないかと思います。
逆に、かつてのゲームオタクというか、ゲーム好き、ゲーマーって呼ばれた人と、今で俗にいうオタクは性質が違うと思います。今で俗にいう多数派のオタクは、ゲームオタク、というよりは、美少女オタクや、アニメオタク、の方に近いんじゃないでしょうか?だからこういうライト層向けのゲームがそういう人にもウケるんだろうし、こぞって美少女キャラを乱
ファミコン&スーパーファミコンやPCエンジンの時代から、次のRISCプロセッサ積んで3Dポリゴンもそれなりに処理できる高性能ゲームマシンに世代交代が進んでいた頃の話ですが、当時据え置き型はPSとSSがガチでバトルしてて、(3DOとかPC-FX、Nintendo64もあったが、これらは既に勢いが無かった)プレイステーションはあやしい洋ゲーとか既存のゲームの枠にとらわれない変なタイトルを結構出しててライト系ユーザ含めた多くの人に売ったのに対し、セガサターンはどっちかというとコアなゲーマーを中心にしたマニアックな方向の売れ筋を揃えてたんだけど、(アーケード版バーチャファイターの練習用に買ってる人も結構いたはず)結局、市場で成功したのはプレステのほうでした。ファイナルファンタジーVIIがプレステに出て勝負ついた感じ。ファイナルファンタジーは3D処理能力&ビジュアルの美しさを考えるとプレステを選ぶしか無かったのかもしれないけど。
消費者イメージとしてもプレステなら彼女を部屋に呼んで一緒に遊ぶことができるオサレなゲームマシンのイメージがあるのだけど、サターンは大作ゲームが発売されるとバイト休んで引き篭もって、近所の人が「生きてるのかしら?」と心配されるほどやりこんで一人で自分の世界に入って遊ぶイメージでした。(実際にセガはSSに関してゲーム雑誌でそういう広告を出していた)
ゲームに特化し磨き上げられた技能で寝食を削って遊び倒すという修行僧のようなライフスタイルが、(例:「せがた三四郎[セガサターンしろ]!指が折れるまで!!指が折れるまで!!!」)暇も体力もあって学習や適応能力の高い子供、学生の頃ならともかく、年齢を重ねていつまで続くのかというと、早々に限界が来るでしょう。そりゃ絶滅が早くてもおかしくないわなと。自分も半徹でR-TYPEやって親指の腹が翌日痛くて使い物にならなくなるぐらい遊んでた頃がありますが(当時も指が折れたりはしなかったが) 今はもう弾幕シューティングでサクサク遊べる自信ないですよ。
淘汰された結果、生き残ったのがライトなアニヲタ層というのはありがちな結果かもしれません。コアなゲーマーでも途中で「ときめきメモリアル」なんかにハマって宗旨替えした人が結構いるかもしれませんが。
話は変わりますが、昔のゲームの個性的で魅力的な主人公キャラってどんなのですか。イースのアドルなんかは個性薄いですよね。それとも、設定がぶっ飛んでて不条理なぐらいの主人公?パックマンとかクレイジークライマーとか。カプコンのロストワールドの主人公とか。(これは単に名前がないだけか)格闘ゲームのキャラなんか個性的すぎるほど個性的だけど、そういう類の話?もしかして個性的というのは天現寺ひろみとチェルノブのような…?いや、彼らをを引き合いに出すのは間違いか。(これは喧嘩の元だ)
昔の良作とされるゲームのビジュアルが地味だったのはハードの制約が厳しかったのでそうなっただけであって、別にビジュアルを削ってでもストーリーやシステムに力点を置こうとしたせいではないんではないかなと思ったりもします。確かにドラクエIIIのように、派手なオープニングを削ってでも中身に容量を割り当てている例はありますが、多くの場合、もともとできることが限られている分、語られる設定とか背景に力点を置くしかなかった作品のほうが多いんじゃないかな?コナミのMSX版グラディウスシリーズなんかは、表現力がショボい分背景になるストーリーや謎の伏線に力を入れてゲーム作ってましたよ。「表現力の足りない部分は想像力で補ってハマって下さい」ってことだったのでしょう。SCCサウンドも大きな魅力ではありましたが。このへんは背景にSF小説のあるナムコのゼビウスなんかも同じですね。
また、謎解きが面白いゲームというと、ゲーム機よりPCのほうに良作があったように感じます。日本ファルコムの作品なんかは結構今でも根強いファンがいるんじゃないでしょうか。ソーサリアンとか。ブランディッシュなんかも素晴らしかったですね。そういえば、今でも新作が出てるメタルギアなんかも、元はいろいろ凝った設定で作られたMSX(パソコン用)のゲームでした。
> (3DOとかPC-FX、Nintendo64もあったが、これらは既に勢いが無かった)
ちょっと待て、それじゃ3DOにも最初は勢いがあったみたいに聞こえるじゃないか。
コメ主です。>イースのアドルなんかは個性薄いですよね。う〜んと、ある意味個性が無いけど、このキャラはこんなキャラ、と分かりやすかったと思います。アドルといえば、赤毛の剣士、赤毛の剣士といえばアドル、でしたよね。そういうキーワードとキャラクターが一対になっている分、分かりやすいキャラで、「ビジュアル」や「●×といえば、こんなキャラ」という意味で個性的だったと感じます。キャラの性格的な個性ではなくて、見た目や特徴で連想しやすさの個性という意味で言いたかったのです。誤解させたみたいで済みません。他の例を上げると、「ヒゲ、ツナギ、
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犯人は巨人ファンでA型で眼鏡をかけている -- あるハッカー
過去にとらわれているというよりも (スコア:1)
むしろ、「近頃のゲーム」の方が面白くない気がするのは俺だけでしょうか?
例えばアドベンチャーゲームとか、元々の「冒険」そしてそれに付随する「謎解き」の要素がどこかにすっ飛んで行って、恋愛要素重視一辺倒になってる気がします。
そっちの方が売れるのかも知れないけど、なんか絵のタッチも似たり寄ったりだし、どれもこれもCVがついて物語に感情移入する余裕すら与えてくれないし、私としては面白みが減ったとしか思えません。
恋愛要素とか好きな人にはそういったゲームを用意しつつも、普通に謎解きとか、冒険を楽しむアドベンチャーゲーム、もっと出ていいと
Re: (スコア:0)
逆、逆。
DSの成功以来「カジュアルゲーマー」ばかりにパブリシャーの目が向いたからだろ。
そして勘違いした製作者やパブリシャーがこぞって「カジュアルゲーマー」向けと称し単調なゲームを出しまくった。
その一方で「カジュアルゲーマー」受けしないジャンルは衰退へ追い込まれ。
結果として素人しか楽しめないつまらないゲームばかりになったのが日本の現状。
それはそれで合ってると思いますが、逆じゃないと思います (スコア:1)
コメ主です。
私が思うに、カジュアルゲーマーと、今で言われるオタクって、部分的に被ってると思うんです。
というか、今で言われるオタク、がカジュアルゲーマーの中の一角を成しているんではないかと思います。
逆に、かつてのゲームオタクというか、ゲーム好き、ゲーマーって呼ばれた人と、今で俗にいうオタクは性質が違うと思います。
今で俗にいう多数派のオタクは、ゲームオタク、というよりは、美少女オタクや、アニメオタク、の方に近いんじゃないでしょうか?
だからこういうライト層向けのゲームがそういう人にもウケるんだろうし、こぞって美少女キャラを乱
Re:それはそれで合ってると思いますが、逆じゃないと思います (スコア:0)
ファミコン&スーパーファミコンやPCエンジンの時代から、次のRISCプロセッサ積んで3Dポリゴンもそれなりに処理できる
高性能ゲームマシンに世代交代が進んでいた頃の話ですが、当時据え置き型はPSとSSがガチでバトルしてて、
(3DOとかPC-FX、Nintendo64もあったが、これらは既に勢いが無かった)
プレイステーションはあやしい洋ゲーとか既存のゲームの枠にとらわれない変なタイトルを結構出してて
ライト系ユーザ含めた多くの人に売ったのに対し、セガサターンはどっちかというとコアなゲーマーを中心にした
マニアックな方向の売れ筋を揃えてたんだけど、(アーケード版バーチャファイターの練習用に買ってる人も結構いたはず)
結局、市場で成功したのはプレステのほうでした。ファイナルファンタジーVIIがプレステに出て勝負ついた感じ。
ファイナルファンタジーは3D処理能力&ビジュアルの美しさを考えるとプレステを選ぶしか無かったのかもしれないけど。
消費者イメージとしてもプレステなら彼女を部屋に呼んで一緒に遊ぶことができるオサレなゲームマシンのイメージがあるのだけど、
サターンは大作ゲームが発売されるとバイト休んで引き篭もって、近所の人が「生きてるのかしら?」と心配されるほどやりこんで
一人で自分の世界に入って遊ぶイメージでした。(実際にセガはSSに関してゲーム雑誌でそういう広告を出していた)
ゲームに特化し磨き上げられた技能で寝食を削って遊び倒すという修行僧のようなライフスタイルが、
(例:「せがた三四郎[セガサターンしろ]!指が折れるまで!!指が折れるまで!!!」)
暇も体力もあって学習や適応能力の高い子供、学生の頃ならともかく、年齢を重ねていつまで続くのかというと、早々に限界が来るでしょう。
そりゃ絶滅が早くてもおかしくないわなと。自分も半徹でR-TYPEやって親指の腹が翌日痛くて使い物にならなくなるぐらい遊んでた頃がありますが
(当時も指が折れたりはしなかったが) 今はもう弾幕シューティングでサクサク遊べる自信ないですよ。
淘汰された結果、生き残ったのがライトなアニヲタ層というのはありがちな結果かもしれません。
コアなゲーマーでも途中で「ときめきメモリアル」なんかにハマって宗旨替えした人が結構いるかもしれませんが。
話は変わりますが、昔のゲームの個性的で魅力的な主人公キャラってどんなのですか。
イースのアドルなんかは個性薄いですよね。それとも、設定がぶっ飛んでて不条理なぐらいの主人公?パックマンとかクレイジークライマーとか。
カプコンのロストワールドの主人公とか。(これは単に名前がないだけか)格闘ゲームのキャラなんか個性的すぎるほど個性的だけど、そういう類の話?
もしかして個性的というのは天現寺ひろみとチェルノブのような…?いや、彼らをを引き合いに出すのは間違いか。(これは喧嘩の元だ)
昔の良作とされるゲームのビジュアルが地味だったのはハードの制約が厳しかったのでそうなっただけであって、
別にビジュアルを削ってでもストーリーやシステムに力点を置こうとしたせいではないんではないかなと思ったりもします。
確かにドラクエIIIのように、派手なオープニングを削ってでも中身に容量を割り当てている例はありますが、
多くの場合、もともとできることが限られている分、語られる設定とか背景に力点を置くしかなかった作品のほうが多いんじゃないかな?
コナミのMSX版グラディウスシリーズなんかは、表現力がショボい分背景になるストーリーや謎の伏線に力を入れてゲーム作ってましたよ。
「表現力の足りない部分は想像力で補ってハマって下さい」ってことだったのでしょう。SCCサウンドも大きな魅力ではありましたが。
このへんは背景にSF小説のあるナムコのゼビウスなんかも同じですね。
また、謎解きが面白いゲームというと、ゲーム機よりPCのほうに良作があったように感じます。日本ファルコムの作品なんかは
結構今でも根強いファンがいるんじゃないでしょうか。ソーサリアンとか。ブランディッシュなんかも素晴らしかったですね。
そういえば、今でも新作が出てるメタルギアなんかも、元はいろいろ凝った設定で作られたMSX(パソコン用)のゲームでした。
Re:それはそれで合ってると思いますが、逆じゃないと思います (スコア:1)
> (3DOとかPC-FX、Nintendo64もあったが、これらは既に勢いが無かった)
ちょっと待て、それじゃ3DOにも最初は勢いがあったみたいに聞こえるじゃないか。
Re: (スコア:0)
コメ主です。
>イースのアドルなんかは個性薄いですよね。
う〜んと、ある意味個性が無いけど、このキャラはこんなキャラ、と分かりやすかったと思います。
アドルといえば、赤毛の剣士、赤毛の剣士といえばアドル、でしたよね。
そういうキーワードとキャラクターが一対になっている分、分かりやすいキャラで、「ビジュアル」や「●×といえば、こんなキャラ」という意味で個性的だったと感じます。
キャラの性格的な個性ではなくて、見た目や特徴で連想しやすさの個性という意味で言いたかったのです。
誤解させたみたいで済みません。
他の例を上げると、「ヒゲ、ツナギ、